【短編】愛嬌のある妹に蔑まされ続けた無愛想令嬢は、犬みたいな伯爵に溺愛される〜笑顔が苦手で笑ったことのない私のことを、伯爵様は素敵な笑顔だなんて言うんです〜

遠堂 沙弥

愛嬌のある妹に蔑まされ続けた無愛想令嬢は、犬みたいな伯爵に溺愛される〜笑顔が苦手で笑ったことのない私のことを、伯爵様は素敵な笑顔だなんて言うんです〜

「あの犬みたいな伯爵は、お姉様にあげるわ」

「え? 何を言ってーー」

「だーかーらー、私はこの国の次期国王となられる第一王子ケイン様と婚約するんだから、これ以上私に猛アタックしてくる男はいらないの。あの風変わりで有名なワンコ伯爵を、お姉様にあげるって言ってるんだから。私に感謝してよね!」


 ***


 女は愛嬌ーー、この国では愛嬌こそ女性の最大の魅力としている。

 仕事に、付き合いに明け暮れる男性を癒す為に、女性は笑顔で男性を出迎える。だから笑顔の素敵な女性こそ愛されるのだ。そして男性も、そんな女性の笑顔に癒される為に愛嬌のある女性を妻に迎える。


 イリヤ・クェンティンはもうすぐ20歳となるが、未だに結婚相手が見つかっていない。この国だけでなく、女性は16歳頃から結婚が許されているのだが、多くの女性は18歳をピークに嫁いでいくことになっていた。

 薄い水色の髪、白い肌、切れ長の瞳、薄い唇ーー。冷たい氷をイメージさせるような、これがイリヤの特徴だ。

 イリヤの家は中流貴族で決して貧しくはないのだが、イリヤが着ているのは使用人が着る服であちこち薄汚れている。それもそのはず、イリヤはクェンティン家で使用人としてこき使われいた。

 埃を払い、床の拭き掃除をする。とても中流貴族のご令嬢がすることではないが、この家ではそれが当然のようにされている。


「あら、ここの掃除がなってないわね! 私のお部屋は一番時間をかけて、しっかり綺麗にしておいてって言ったはずでしょう? イリヤお姉様」

「……ごめんなさい、アイリ」

「本当にグズなんだから! だから無愛想な女って嫌い!」


 プリプリしながら去っていくのは、イリヤの腹違いの妹アイリだ。イリヤと違い、暖かな青空のような青い髪に、大きく潤んだ瞳、柔らかそうな唇。外見が全くの真逆である二人は、母親が違う。

 イリヤの母親は亡くなって、もうこの家にはいない。美しく、凛とした微笑みが素敵な女性だった。しかしイリヤの母親が亡くなる前から、父親はこの家でメイドをしていたアイリの母親と、すでに関係を持っていた。

 イリヤの母親が亡くなってすぐ、父親は再婚する。すでにアイリを身籠もっていた今の義母とーー。


「イリヤ? イリヤ! どこにいるの!? 今夜のパーティーに着ていくドレスはどこなの!?」

「はい、お義母様、今すぐ」


 アイリと義母は、イリヤに特にキツく当たっていた。二人を愛する父親は、それを知っていて見て見ぬふり。イリヤに味方してくれるのは、誰もいない。


「その無愛想な顔をやめてよね! 家の中が辛気臭くなっちゃうじゃない!」

「……ごめんなさい」

「これだから前妻の子供はダメね。この国では女は愛嬌がなければ生きていけないって言うのに。だからお前はいつまで経っても結婚出来ないんだよ! いつまでこの家にいるつもりなの、目障りだわ」

「……すみません、お義母様」


 何を言われても平気なわけではない。ただイリヤは、表情の作り方がわからないだけなのだ。

 物心ついた頃には、すでにその兆候は出ていた。ーー笑わないお嬢様。

 笑顔を忘れてしまったのか、イリヤは一度も笑ったことがない。

 それに比べ、アイリは最高に素敵な笑顔を作ることが得意だった。何があってもその愛らしい笑顔で許してもらえた。彼女の微笑みは天使のようだった。それを冷たい表情で見つめながら、イリヤは毎晩鏡の前で笑顔の練習をしたけれど、アイリのように笑みを浮かべることが出来ずにいたのだ。

 やがて諦め、自分の運命を受け入れた。

 笑顔すらまともに作ることが出来ない自分は、その内この家から単身追い出されることになるだろう。そうなった時の為に、イリヤは一人で暮らしても支障がないように様々なことを学んできた。

 クェンティン家で働く使用人に、料理の仕方、掃除の仕方、服の繕い方、そういった生活に関することを習得する為に時間を費やした。

 イリヤが生活能力を身につける努力をしている間、アイリはより愛される笑顔の練習、化粧の仕方、ダンスの練習など。社交界で愛されるご令嬢になれるよう、レディとしての知識を取り入れていた。


 そんなアイリはこの国でも五本の指に入る『スマイルレディ』という、栄光ある称号を与えられていた。それはこの国で最も笑顔が素敵な女性に贈られる、名誉ある称号だ。国が認めたトップクラスの美女と言ってもいい。

 その称号を与えられてから、アイリの態度はますます大きくなり、今回の話へと繋がっていったのだ。


(アイリの話だと、今夜のパーティーで第一王子ケイン様との婚約発表が行われるのよね。それと、例のワンコ伯爵と何の関係があるのかしら?)


 通称ワンコ伯爵、犬のように人懐こい笑顔と態度で知られる、リオン・パルデアノス伯爵様ーー。

 人見知りしない彼の人柄は、性別年齢問わず多くの者に愛されているのだが。一方でとても風変わりな人物としても有名であった。

 毎年選出される『スマイルレディ』のほぼ全員が、彼との結婚を夢見て見合い話を持ちかけることが何度もあり、その全てを彼は断ってきているのだ。

 そういった面も風変わりの理由だが、他にも色々と闇は深い。


 なぜそんな全人類から愛されていると言っても過言ではないリオン伯爵と自分が?

 首を捻らせているイリヤに、義母が衝撃的な一言を放つ。


「何をしているのよ、イリヤ! 今夜のパーティーにはお前も出席するんだよ!」

「え、私も……ですか?」


 寝耳に水だった。社交的な場に二人が出席する時は、イリヤは必ず留守番を言い付けられていた。当然連れていってもらったことは一度もない。だから今回も自分は二人を送って、家で勉強などをして待っているつもりだったのだ。イリヤが戸惑っていると、アイリは高らかに笑いながら、邪悪な微笑みを浮かべて勝ち誇ったように本音を言う。


「私がケイン様と婚約するところを、お姉様も悔しそうな顔で眺めているといいわ! 栄光の道を歩き続ける私と、惨めで醜い前妻の娘との違いを、みんなに見せつけてやりたいの! 今から楽しみで仕方がないわ!」


 アイリの言葉を聞いて、合点がいった。


(あぁ、そういうことね。きらびやかな自分と、惨めな私。それをパーティーに出席している、多くの貴族達に見せつける為に……。私はアイリの引き立て役として出席させられる、というわけね)


 それでもイリヤの表情は変わらない。冷たく、無表情なまま。そこに悔しさも、涙を堪える様子もない。

 まるで何をされても心など一切動いていない、とでも言うように。自分は平気だとでも言うようにーー。


 ***


 案の定、絢爛豪華なアイリの格好とは雲泥の差と言える程、イリヤのドレスは暗い色で地味を極めていた。義母も派手な衣装に派手な化粧で、周囲の貴族達に挨拶を交わしている。


「あら、そちらのお嬢さんは初めてお会いするわね」

「アイリさんの他にも娘さんがいたのは、驚きですな。名はなんと?」


 挨拶を求められ、イリヤは内心動揺していたが、落ち着いて会釈し、名を名乗る。

 その時の表情もアイリとは真逆で、冷たい表情のまま。一切の笑みもこぼさずに、淡々と挨拶する。


「初めまして、私はイリヤ・クェンティンと申します。ギルデロイ様、そしてご夫人。お会い出来て光栄でございます」

「おぉ、私の名を知っておいでか?」

「当然です。このパーティー会場に来ている貴婦人やご令嬢が袖を通している豪奢なドレス、そのほとんどをギルデロイ様が運営なさっている仕立て屋がこだわり抜いて作り上げた名作ばかり。知らぬ者などいないでしょう」


 本当はドレスに詳しいメイドに教えてもらったことだ。

 服を繕うなら、素材は全てギルデロイ社が運営している店で買い付けた方がいいと。どれも素材が良く、扱いやすく、種類も豊富だと教わった。その時にたまたま顔写真付きのパンフレットを目にしたことがあったので、まさかここで役に立つとは思えなかった。


「素晴らしいお嬢さんをお持ちですな、クェンティンさん」

「いえ、そんな……。愛想のない娘で困っていますのよ、おほほほ」

「そうですわ! 貴族の令嬢がこうやって素敵なドレスを着られるのも、みんな持ち前の素敵な笑顔があるからこそ! イリヤお姉様がギルデロイ様の作ったドレスを着ても、きっと映えないですわ!」

「いや、別に私が直接作っているわけじゃないんだがね」


 乾いた笑いを漏らしながら、ギルデロイ夫妻は会釈をしてそそくさと去って行ってしまった。

 すると二人はイリヤを睨み付け、小声で罵ってくる。


「余計なことを言うんじゃないわよ、恥をかいたじゃない!」

「そうよ、お姉様のせいで行っちゃったじゃない! もしかしたら素敵なドレスをプレゼントしてくるようになったかもしれないのに!」


 何を言っているんだろう、と思わずイリヤは口にしそうになる。仮に仲良く会話が出来たところで、どうしてそこでドレスを無料でもらえるだなんて発想に至るのか、理解に苦しむ。

 昔からそうだ。アイリは自分の笑顔で相手が幸せになると思っている。そして幸せにしたご褒美を相手からもらえると、当然のように信じているのだ。

 確かにアイリの笑顔は天使のように可愛らしいかもしれない。しかし思考はとても単純で、思慮はとても浅い。

 誰かに騙されてもきっと本人はチヤホヤされているのだと信じて、疑いもしないだろう。

 二人は無愛想なイリヤが近くにいると運気が下がると言って、スタスタとどこかへ行ってしまった。一人残されたイリヤは、パーティーに参加し慣れていないのでどうしたらいいのかわからない。


(食事をしたり、飲み物をいただいたりしたらいいのかしら? こんな時、笑顔で誰かに聞けば快く教えてくれるんでしょうけど……)


 残念ながらイリヤは自分の表情が乏しいことを、誰よりも十分に理解していた。自分のような無愛想な、怒っているようにしか見えない顔をした女が話しかけても、きっと訝しんで、気分を害してしまうだろう。

 小さく息を漏らし、とりあえず他の女性と同じようなことをしていればいいだろう、と周囲を見回した時だ。


「どうしたんですか、お嬢さん。何かお困りでも?」


 突然話しかけられて、イリヤは飛び上がるほどびっくりした。見ると長身の男が自分に向かって話しかけている。癖の強い金髪に、人懐こい瞳、ヘラッとした微笑み。


「いえ、あの。こういった社交的な場は初めてで。どうしたらいいものかと思ってまして」

「それなら飲み物なんてどうです? あ、大丈夫。お酒で酔わせようなんて思ってませんから」

「あ、はぁ……」


 随分と人見知りしない男性だな、と思った。彼は近くにいたボーイに声をかけて、グラスを二つ受け取る。それをイリヤに渡して、自分はクイっと一気に流し込んだ。

 一応匂いを嗅いでみる。アルコールの香りはしない。本当にジュースにしてくれたのだと、少し安心した。


「失礼、君もしかしてクェンティン家のご令嬢、ですよね?」

「えっ、はい……。イリヤと申します。初めまして」

「どうも、俺はリオン・パルデアノスです。改めて初めまして、イリヤお嬢さん」


 リオン・パルデアノスといえばーー、例のワンコ伯爵?

 そう思うと急に緊張してきた。パーティーの前に言われたアイリの言葉が蘇る。


『あの犬みたいな伯爵は、お姉様にあげるわ』


 だけど本人はイリヤとは初対面のようだ。アイリは適当なことを言ったのだろうか?

 そんな風に動揺しているイリヤだが、表情は相変わらず無表情のままだ。こんな時は自分のこの顔が少しありがたかった。もし顔に出ていたら、相手にとても失礼な表情をしていただろうから。


「会えて嬉しいなぁ。こうして本人に会えるなんて俺、今スゲェ感動です」

「え? え? どういうことですか?」


 リオンが何のことを言ってるのかわからず、イリヤは首を傾げる。それでもリオンは構わず続けた。その間もリオンの笑顔はまるで子犬のようで、見る者の心を惹きつける何かを持っていそうな、そんな温かい微笑みだった。

 可愛らしい笑顔ならこれまでに何度もアイリのものを見てきたが、これほど心がほっこりするような笑顔に会ったのは初めてかもしれない。


「覚えてないのも無理はないか。君の妹の、アイリ……だっけ? 今年の『スマイルレディ』に選ばれた」

「えぇ……」


 急に心が沈むようだった。さっきまでどこか浮かれている自分がいたのかもしれない。彼の笑顔を見ていると、自分の心まで軽やかに、弾むような感覚だった。しかしここで自分をずっと蔑んできた妹の名前が飛び出して、イリヤは気が重たくなってしまう。

 あぁ、自分はこんなにもアイリのことを羨んでいたのか、と惨めな気持ちになってくる。

 クェンティンの家の娘だと知ってても、自分の名前は出てこなかった。

 アイリの名前は、イリヤが教えなくても口にした。これが現実なんだと、肩を落とす。

 そんなイリヤの心の表情は、顔に現れることはない。構わず続ける彼の言葉に、ただただ耳を傾けた。


「その時の表彰式に俺も出てたんだけどさ、そこで初めて君を見たんだよ」


 そう、だったのか……と思い返す。しかしイリヤはどうしても思い出せなかった。あの時もまた、自分の心が重く沈んでいて、周囲の人間の顔を見渡せるほど心の余裕がなかったから。


「表彰式の後にさ、アイリって子と他の『スマイルレディ』に選ばれた女性陣に囲まれて、絡まれてたのって君だろう? イリヤさん」

「……っ」


 なんて恥ずかしい。確かに表彰式の後、アイリは天にも昇る気持ちで浮かれてて、他の笑顔が素敵なご令嬢を集めて私をからかいに来た。私を囲んで、笑顔を作れない私を嗤って。すごく惨めだった。もしかしてその時の私が、全く動揺していない姿の私を見て、芯の強い女だと思ったのだろうか。

 それなら大きな誤解だ。イリヤはしっかり傷付いていた。これまでだってそうだ。義母や妹に散々邪魔者扱いされて、腫れ物を扱うようにされて、罵られて、自分の無愛想な顔が気に食わないと。その度にどれだけ悲しんだか。

 本当は平気なんかじゃなかった。悲しくて、ずっと心の中で泣いていた。でもどうやっても表情が働いてくれない。自分の気持ちを、顔に現すことがどうしても出来なかった。

 強そうに見えたでしょうけど、私は心の中で激しく泣いていたというのに!


「辛くて泣いている君のことが放っておけなくて、俺……声をかけたんだけど。そのまま走ってどこかへ行ってしまったから、ずっと心配してたんだよね」

「え……?」


 初めて言われた言葉だった。

 辛くて泣いている? そう見えたと?


 リオンはポリポリと頭をかいて、申し訳なさそうに言葉を続けた。


「そしたら君の妹さんがめちゃくちゃ絡んできてさ。『スマイルレディに選ばれたからって、すぐに私のことを自分の女に出来ると思わないでよね』って言われちゃって。いやぁ、参ったよね。思わず大声で笑っちゃったわ」

「アイリが、そんなことを?」

「自意識過剰っていうの? 俺、そういう貼り付けられた笑顔って好きじゃないんだよね。なんかただの愛想笑いってすぐにわかるっていうか。心の中では、あ……こいつ本当は笑ってないんだろうなって思っちゃうっていうか」


 苦虫を噛み潰したような表情をしながら、リオンは語る。

 話す内容によって、その度にコロコロと表情がどんどん変わっていく彼の様子が、なんだかとても可笑しくなってしまうイリヤ。相手のことをそんな風に思うのは失礼なことだと自分を諌めようとするが、それでも喜怒哀楽を全て顔の表情で表現してしまうリオンを見ていると、ついつい面白くて見入ってしまう。


「でさー、俺ってこの通り笑い上戸でね。静かにしなくちゃいけない図書館とかで、俺って絶対に笑いを我慢出来ないんだわ。それに……って、どうしたの? 何かそんなにおかしいこと言ったかな?」

「え?」


 そう言われて、イリヤはなぜそんな風に指摘されるのかよくわかっていなかった。しかしリオンはイリヤの顔に指を指して、にっこりとした爽やかな笑顔で教えてくれる。


「今、笑ってたよ」

「!? まさか、え?」


 そんなはずはない。今までずっと、どんなに嬉しくても、悲しくても、辛くても、何があっても表情が出ることなんてなかったのに。どうして、と疑問に思う。


「俺ってさ、他人の表情がわかっちゃうんだよね。あ、言ってる意味わからない? 俺の噂とか聞いたことないかな。風変わりだって。多分、俺がいつもヘラヘラ笑ってるとことか。世間で言われてるような笑顔が素敵な女性の交際を、全部お断りしたこととか。今みたいに、人の心の表情を当てちゃうところとか。ーー変人なんだってさ」

「そんな、変人だなんて……」


 少なくとも、イリヤはそんな風に感じない。

 むしろなぜ彼が風変わりなどと、変人だなんて言われるのか。


「俺さ、さっきも言ったみたいに笑い上戸なわけよ。本当はものすっごく真面目でお堅い性格なのにさ、このヘラヘラ笑顔のせいで、遊び人って烙印を押されちゃったってわけ」

「その、でも……笑顔になれることは、素敵なことだと思います」

「そう言ってくれるの、イリヤさんだけだよー。周りの連中なんかみんなして『笑うな!』って怒り出しちゃうんだから。俺だって笑いたくて笑ってるわけじゃないのに。おかげで笑顔が張り付いちゃったよ」


 なんて面白い人なんだろう、とイリヤは心から思った。

 するとリオンも微笑み返す。自分の表情に変化を感じられないのだが、彼が微笑み返してくれるとまるで自分も微笑んでいるような錯覚を覚えてしまう。


「スマイルレディの称号をもらったお嬢さん達もさ。俺が伯爵ってだけで、五代貴族の仲間入りをしようって野心たっぷりの笑顔で近づいてくるんだもん。そりゃお断るすると思わない? 丁重に断ったのに、俺のこと『美醜がわからない変態』だなんて噂流してるって、同僚から聞いて焦ったのなんの」

「そ、そんなことがあったんですか? それはお気の毒です」


 なんて無礼な女性達なんだろう。

 自分達が必ず受け入れられると思っている証拠だ。

 でも無表情で愛想のない自分が、こんなことを思ってはいけない。

 心まで醜くならないよう、せっかく今まで戒めてきたのに。


「……そんな風に自分を卑下しなくていいよ」

「えっ、今……なんて?」


 今のは口に出していないはずだ。

 どうしてわかってしまったんだろうと、イリヤは動揺する。

 もしかして心の声が彼には聞こえているのだろうか?


「言ったでしょう? 俺は人の心が、なんとなくだけど表情として見ることが出来るって。スマイルレディ達に絡まれている時のあなたは、一見何にも動じない表情をしていたと思われがちだが。俺には、辛くて傷付いて……激しく泣いているか弱い女性に見えた。だから声をかけようとしたんだけど。でもこうして再会できて嬉しいよ」

「あの、その節はどうも……失礼いたしました。私はこの通り、無愛想で。笑顔も作れなくて。周囲の人達からは、氷のように冷たい人間だと、そう言われてきたので。リオン様が助けてくださろうとしていたとは、思いも寄らなかったのです。どうもすみませんでした」


 私は深くお辞儀をし、謝罪する。

 私を助けてくれようとしてくれる人間なんて、きっとリオン様のように素晴らしい心を持った方だけだ。そんな方の気持ちを蔑ろにしてしまったなんて。

 そう思うと、この程度の謝罪では足りない気がしてきた。


「まぁまぁ、頭を上げてよ。別に謝ってほしくて、こうして声をかけたんじゃないんだからさ」

「そうですか。お許しくださって、ありがとうございます」


 リオンは終始笑顔だが、改めて柔らかい微笑みへと様変わりする。

 笑顔と一口に言っても、これだけの種類の笑顔があることを初めて知った。いつもアイリが振りまく笑顔ばかり見てきたせいだろう。彼の笑顔は、あくまで他人の気持ちを慮る笑顔だ。


「君に声をかけたのは、こうして改めて告白する為ですよ」

「告……白……?」


 言葉の意味がわからないイリヤは、無表情のままキョトンとした。そんな仕草に、リオンはまたしてもいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「そういうところが可愛いんですって。本当にずるいです」

「えっ、私が何かしたでしょうか?」


 自分の顔は無愛想なままだというのに?

 もしかしてからかわれているのだろうかと、イリヤは戸惑う。


「俺はずっとあなたのことを探していたんです。でもどこの誰なのかわからなかった。そんな時、ほら……あれを見てください」


 そう言って彼が指差した方向を見ると、そこにはダンスホールの舞台に第一王子ケイン様ともう一人、笑顔が素敵な女性が一緒に立って挨拶をしていた。拍手が沸き起こっている。

 耳を傾けていると「ご婚約おめでとうございます」という声が聞こえた。

 ケイン様と婚約するのはアイリのはずだが? 隣の女性は一体誰なんだろう。

 じっと見ていると、舞台の袖で地団駄を踏んでいる二人の女性が目に入った。間違いなく、あれが義母とアイリだ。


「可哀想に。彼女ね、わざわざ俺に手紙を書いて教えてくれたんですよ。『自分とケイン様との婚約発表の場に、みすぼらしい姉を連れて来てあげるから、どうぞあなたにあげますわ。だからもう魅力的な私のことを追いかけ回したりしないでくださいね』って」

「そ、そんな手紙をリオン様に!? アイリが!? し、失礼いたしました!」


 なんという恥晒しなことをしたんだろう、とイリヤは彼の側に立っているのが恥ずかしくてたまらなかった。

 いくらなんでもこれは失礼にも程がある。


「すごいよねー、彼女。俺があの子を追いかけ回していたのは、イリヤさんに関する情報が聞きたかっただけなのに。まぁ追いかけ回していたっていうのは語弊があるね。正しくは、人づてに話を聞こうとしていた……だけだよ。だって俺があの子に近付いて、君に勘違いされたらそれこそ俺が困ってしまう」


 つまり、アイリが言っていた『猛アタックされていた』というのは、アイリの勘違いだったと?

 それじゃあケイン様の隣にいるのは?


「それに自分が王子様と婚約出来るだなんて思い込んで。ケイン様の隣にいるのは、今年のスマイルレディに落ちた女の子だよ。どうしてスマイルレディの称号を得た女の子って、みんな自分だけが幸せになるのが当たり前だなんて思えるんだろうね。ケイン様は人を見る目があってよかったよ。あの子の笑顔は、心からの笑顔だ」

「それじゃあ、全部アイリの……勘違い?」

「そういうことになるね。でも彼女には感謝しないといけない部分があるのも、また事実なんだけど」


 向き直って、リオンは改めてイリヤの手を取り、告白をした。

 終始、喜怒哀楽の表現が目まぐるしく変わる彼が、ワンコと称されるのもわかる気がする。

 彼は愛らしい子犬のように、感情を素直に表に出してくる。

 自分の気持ちを真っ向からぶつけてくるところが、どこまでも感情表現豊かなワンコそのものだった。


「こうして、君に会えた。君は無愛想なんかじゃないよ。俺の目には、君の素敵な笑顔がちゃんと映っているからね。俺の結婚の申し込み、受けてくれるとすごく嬉しいんだけど……」


 急に不安になって、怯えた表情をするところも。

 見捨てられたらどうしようと泣いている子犬のようで、見た目とは裏腹にすごく子供っぽかった彼を見て、イリヤはクスッと声を漏らした。


「あ、今……?」

「それは、オッケーという返事で受け取ってもいいってことかな?」

「あの……、不束者ですが、よろしくお願いします」

「ワンコ伯爵は、決して愛する者を裏切ったりしないから。安心していいよ」


 思わず笑いかけたが、すぐまた無愛想な表情に戻ってしまう。だがそれで構わないと思った。

 リオン伯爵なら、自分の本当の表情をその目で見ることが出来るから。

 彼以外に考えられない。

 表情の乏しい無愛想な自分と、感情表現が豊かでいつも笑顔の彼。

 今まで培ってきた努力は全て彼の為に役立てよう。

 

 ***


「ケイン様がまさか、女を見る目がなかっただなんて! 私をコケにするなんて、この国はもう終わりも同然ね!」

「でもアイリ、確か伯爵様にしつこく言い寄られて困っていたわよね?」


 パーティーも終盤に差し掛かる頃、悔しがっているアイリに母親が知恵を授ける。

 それも大したことのない浅知恵だが。


「そうだわ、王子という身分には劣るけど一応五代貴族だものね。伯爵夫人というのも悪くないわ!」

「さすが私の娘! 引くて数多とはまさにこのことね! おーほほほ!」


 その後、リオン伯爵と共にいるイリヤと再会して、二人が婚約することを聞いた義母と妹は、パーティー会場で大暴れをして、一生出入り禁止を言い渡されることになる。

 パーティー会場は、別名お見合い会場。

 アイリが素敵な男性と出会う機会が、大幅に奪われた瞬間だった。

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