第24話 穴

「君達は下がってろ」

 と大剣を背負った坂本が叫んだ。


 地底人が4匹現れたのだ。

 地底というだけあって人っぽい。モグラの着ぐるみを着た人間っぽいのだ。だけど着ぐるみじゃなくて、あれは本物の皮膚である。


 3人は苦戦していた。


「魔王様が倒しませんの?」

 と姫子が尋ねた。


「俺にとって彼等はお客さんだからな」

 彼等はダンジョンに入って来てくれた客なのである。俺が魔物を倒すより、彼等が倒した方がいいだろう。


「その理屈でいいますと魔王様が倒すより、私が魔物と戦った方がいいって事ですか?」


「戦いたければ」と俺が言う。


「私は魔物と戦わない宣言をするので、ありま〜す」と佐伯さん。


「同感ですわ」と姫子が言った。「私も自分が戦うより、魔王様が戦っている姿を拝見したいです」


 大剣を振り回している坂本がチラチラとコチラを見ていた。


「もう少し離れよう。邪魔になってるかもしれない」

 

「戦闘に時間かかりますわね」と姫子が呟いた。


 紅パーティが地底人4匹を倒して、地底人から魔石を取り出す。そしてコチラに来た。

 3人ともゼェゼェと息が上がっていた。


「姫子嬢、俺の活躍はどうだった?」

 と坂本が言った。


「ええ」と姫子が言う。


 坂本は姫子の薄いリアクションに不満気な顔をした。


「地底人すごい強いんだぞ。俺がいなかったら、この時点で君達は死んでいたからな」と坂本がムキになって言った。


「ええ」と姫子が言う。


「そんなムキにならなくていいじゃん」と井上が言う。

「これでわかっただろう? 俺等でも苦戦するんだ。君達が行くようなところじゃない」


「そうかもしれませんわね」と姫子が言った。


 彼等は善意で言っているのだ。

 俺は黙って配信用のスマホを向けていた。


『魔王様の方が圧倒的に強いことを彼等は知らない定期』『雑魚は引っ込んでろ』『俺TUEEEEEEを見せてやってくだせぇ』

 画面に文字が出ている。

 紅パーティにスマホ画面は絶対に見せてはいけない。視聴者が彼等をバカにしているのだ。

 

「言っておくけど、地底人、超超強いんだからな」

 と坂本が言う。


「そうですね」と姫子が言った。


「次は俺が1人で倒す」

 と大剣を背負った坂本が言う。

「姫子嬢、俺の強いところを見てくれ」


「…‥はい」

 と姫子が気の無い返事をした。


 坂本がズカズカと歩いて行く。


「はぁ」と魔法のステッキを持った三宅が溜息をついた。


「姫子先生に質問です。なぜなぜなぜ最強おパンティの坂本選手が先生に絡むんですか?」

 と佐伯さんが尋ねた。


「知りません」

 と姫子が言う。


 俺の隣でカメラを抱えた風子の眉間に皺が寄った。


「大変恐縮でございます。読み売らず記者の佐伯と申します」


「変な質問をしないでください。アナタも人を陥れるタイプの人間ですか?」

 と尖った口調で姫子が言った。


「私はジャーナリズムを大切にする、ただの記者でございます」と佐伯さんは鋼のメンタルで言った。

「姫子様に質問です。どんなパンティを今日は履いてるんですか? ‥‥はぁはぁオジさんに教えておくれ」


「スケスケのピンク」と姫子が言う。


「スケスケのピンク。びっくりドンキー。こりゃあトップ記事でござんすね。ちなみに私は透明なおパンティーを履いております。ちなみになんですが姫子様のパンティを見ることはできませんか?」


 俺はふざけ合う2人を撮影しながら、ダンジョンに違和感を覚えた。

 いつもと何かが違うような。‥‥それは自分が置いた場所と違う場所にリモコンが置かれているような些細な違和感である。


「ちょっと待って」

 と俺は言った。


 だけどスタスタと歩いている彼女達は止まらなかった。

 佐伯さんが後ろを振り返る。


「どげんしたと?」

 どこの方言かわからん言葉で彼女が尋ねた。


「なにか変」

 と俺が言った瞬間には、俺の前を歩く6人が消えていた。


 地面に穴が空き、俺以外の6人が穴に落ちた。

 慌てて俺も穴に入ろうとした。

 だけど、すぐに穴は消えてしまった。

 狙ったみたいに俺以外の6人が穴に落ちて、穴が消滅した。

 いや、狙ったんだろう。


 ドン、と俺は床を殴った。

 床に穴を掘るために全力で殴った。

 床に大きな凹みが出来たけど下の階に通じる穴は出来ない。

 次のパンチを繰り出す前に、ダンジョンが修復されて行く。

 力ではダンジョンに穴を開けることはできないのだ。


 こんなことを出来るのは俺の家族しかいない。

 そして配信を見て悪戯しそうなのは妹しかいなかった。


 チッ、と俺は舌打ちした。


「マリィ」

 と俺は生配配信中のカメラに向かって叫んだ。

 マリィ、というのは俺の妹である。


「お前、この生配信を見てるのか? ふざけるな。お兄ちゃんのツレに手を出して見ろ。ただじゃすまねぇからな」

 と俺は怒鳴った。

 この生配信を見てるであろう妹に向かって。


 俺は冷や汗をかいていた。

 なぜなら妹は冗談で6人を殺してしまうかもしれないのだ。

 彼女はダンジョンに入った人間を殺していいと思っている。

 探索者はお客さんであると同時に、倒すべき存在なのだと父親に教えられている。

 倒すべき存在、というところを彼女は守っていた。たまに妹はダンジョンに入った探索者に手を出しているらしい事は知っていた。


 冷や汗がダラリとかいた。

 もし佐伯さんが妹の手で殺されてしまったら?


「佐伯さん」

 と俺は呟く。


 この世から彼女がいなくなると思っただけで胸が痛くなった。

 佐伯さんの笑顔を思い出す。

 佐伯さんの涙を思い出す。

 私の人生、嫌なことばっかりだと言っていたことを思い出す。

 

 彼女を抱きしめようとした時、触らないでと言われた。

 俺は彼女を抱きしめたかった。

 悲しい時に寄り添いたかった。

 佐伯さんが辛いなら俺も辛い。

 俺は佐伯さんを守りたかった。

 もっと彼女の人生が楽しいモノになることを俺は願っている。


 たった1人の友達なのだ。。


「佐伯さん」

 と俺は震える声で言った。


 俺は全速力で走り始めた。

 



 □□□□□□


【バズらにゃ死ぬでお馴染み佐伯の探索チャンネル、配信中のコメント欄】


『マリィって誰だよ?』


『なんだよ。あの穴は?』


『イレギュラー』


『違う。あの穴がマリィという現象』


『マリィに6人が落ちた』


『魔王の俺TUEEEEで赤い下着が驚き待ちだったのに』


『えっ? 魔王君の泣きそうな声』


『これマジでヤバい奴?』


『姫子は魔王に呼ばれない定期』


『佐伯さ〜ん』


『魔王君がいるから大丈夫』


『魔王君は佐伯さんしか見えていない』


『坂本→姫子→魔王→佐伯さん。こういう関係性であっているでしょうか?』


『魔王、佐伯LOVE』


『マリィって現象はマジでヤバいの?』


『他の探索者に助けを求める?』


『魔王がダメなら他の探索者で対処は不可』


『佐伯さん』


『姫子ちゃん』


『姫子様』


『佐伯』


『姫子ちゃん』


『どうにかしろ魔王』


『恋する乙女の魔王なら、どうにかするはず』


『すげぇー勢いで映像が動いてる。コレ走ってるの?』


『走ってる定期』


『酔うわ』


『一旦離脱します』


『マジで酔う』


『佐伯さん死んじゃったの』


『それより姫子様が心配』


『赤い下着を誰も心配していない定期』


『姫子ちゃんにはハンマーがあるから大丈夫』


『あのハンマーが通用するのは6階層まで』


『もう画面が揺れているとかレベルじゃなく、何が何だかわからない』


『キラキラ姫子チャンネルが生配信スタートしているぞ』

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