番外編②-1「Not rusty《錆びついてない》」

「俺こう見えて結構一途いちずなんすよ」

「うん、結構そう見えてるよ」


 場所はロケットベーカリーの二階台所のダイニングセット。

 ここロケットベーカリーのアルバイト冨樫 凛子とがし りんこ嬢とオーナー件店長の私、雁野 源造かりの げんぞうでの会話だ。


「だから参ってんすよ」

「なんとなく私はあまり聞かない方がいい気がするけど、なんで?」


 なんてことない会話なようで、これが結構そうでもない。

 それと言うのもだ、この誰が見ても美人だと言うだろう凛子ちゃんをだ、このみたいな顔したオッサンがフった事があるからだ。


「オレももう二十八だってのにすよ、店長以上に好みな男が現れねぇんすよ」


 ……そんなこと…………言われると思ってた。

 決して自意識過剰って訳じゃない。わりとしょっちゅう凛子ちゃんから言われるからだ。


「婚活パーティってやつどうだったの?」

「あ〜ありゃダメっす。すげえいっぱい男集まってきてんなるんすけど、ちょっと仲良くなってが出ちまうとあっという間にっす」


 うーん。目に浮かぶなぁ。

 身内以外に発動する、凛子ちゃんの。それと地とのギャップが一番面白いとこだと思うけど、初見だと狼狽うろたえちまうかも知れないよな。


「あ、そろそろ時間だ」


「おっしゃ。午後も頑張ってパン売ろうぜ店長」

「うん。よろしく凛子ちゃん」


 二階の部屋を出て、カンカンカンっと外階段を鳴らして店に戻って声を掛ける。


「戻ったよ

「どうよ。客のりはよ?」


「お疲れ様っす師匠!」

「土曜のこんな時間にしてはそこそこかな〜?」



 私と凛子ちゃんが休憩中のロケットベーカリーを守ってくれていたのは、タカオくんと野々花さん。

 我がロケットベーカリーが誇る最年少美形コンビだ。


 進路を製パンか製菓の専門学校のどちらにするかと悩んでいた筈のタカオくんは、結局どちらも選ばなかった。

 そして選んだのはロケットベーカリー。

 なんと我がロケットベーカリーで雇って欲しいと懇願されたんだ。


 以前の金に執着のなかった私ならば、ギャラも入るからという理由で簡単に頷いただろう。


 けれど殺し屋はもう辞めた。


 私はもう、ただのパン屋に過ぎない訳だが、それでもタカオくんを雇い入れ、さらにここのところは凛子ちゃんに毎日フルで入って貰ってる。


 とそうなると、だ。


 心配なのは人件費。

 けれどそれも無事に、今のロケットベーカリーは難なくクリアしているんだ。


「師匠! 売り切れっす! 夕方ピークまでに焼かなきゃヤバいっす!」


 グリルドサーモンクロワッサン。通称グリサー。

 あの夏、私が新たに作ったパンだ。


 これがもう売れに売れちまってな、グリサー目当ての客足が増えて売り上げ激増、焼いても焼いても追いつかない。

 こりゃ厨房一人じゃどうしようもないって時だったんで即オッケーで社員になって貰ったんだ。


「分かった。じゃあグリサー中心で焼いていくよ。二人は休憩とって」


 さらに中学一年生になった野々花さんも用事のない週末は店を手伝ってくれてる。

 しばらくはカオルさんが休みなんだが、三人のおかげでロケットベーカリーは盤石だ。


 千地球に向かうタカオくんと野々花さんを見送って、さぁ、どんどんパンを焼こう。

 社員ひとり、アルバイトひとりを抱え、さらに妻も子も持つ身なんだからな。



 縦型ミキサーコロちゃんに粉を入れ、水を入れ、べちゃこらべちゃこら始めたのを聴きつつ焼き上がりを知らせたオーブンを開く。


 タカオくんが焼いてったラインナップを確認して頷く。

 ロケットベーカリーで勤め始めてもうすぐ一年半のタカオくん。もう私が焼くのとそう大差ない。


 グリサーを考案した私をタカオくんは天才だなんて言ってくれるが、タカオくんの才能はきっと余裕で私以上だ。頼もしいぞタカオくん。


「でも良いんすか店長?」

「なにが?」


「野々花っすよ」


 ――?

 ちっとも分からない。なんの事だろ?


「野々花のやつタカオにベタ惚れじゃねぇすか?」


 あぁ、そのことか。


「どうやらそうみたいだけど、タカオくんは十九、野々花さんは十三になったとこ。タカオくんが相手しないよきっと」


 タカオくんと晩メシ食う機会がちょこちょこあってプライベートな事も話すが、あんな爽やか綺麗な顔して――


『胸はデカければデカい方が良い』


 ――なんて言っちゃう子なんだから。


「なん言ってんすか。六つ差すよアイツら。野々花の父ちゃん母ちゃんは幾つ差か知ってんの店長?」


 野々花さんの父ちゃん母ちゃん、と言えば私とカオルさん。ぽんっ、と頬が朱に染まる。不意に言われると照れちまうよな。


「確かに私たちは七つ差だけど、何年かして――それこそ野々花さんがハタチ前後、タカオくんが二十五とか、その頃だったら本人たちが決める事だよ」


「タカオが実は変態で今そうなったら?」

「死んでもらう」


 ごきん――と指を鳴らして手を握る。

 ブランクはあるがまだ錆びついてない。八つ裂きに出来る。

 こればっかりは冗談じゃない。覚悟しろタカオ。


 ま、そんなこと言ったってそうはならないさ。

 タカオくんの事もそうだが、賢い野々花さんを私はとても信用しているし、正直言って三十七の喜多に懐くよりはまともだしな。




⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎


「それじゃ悪いけどあと任せるよ。凛子ちゃんにタカオくん」


 閉店後、掃除と戸締りを二人に任せ、野々花さんと先に上がらせて貰う。

 行くとこがあるんだ。


 ってところでからんころんとドアベルが鳴る。


「喜多おにいちゃん!」

「お、なんでぇ? 父娘おやこでお出掛け――あ、カオルちゃんとこか」


「そ! ママとに会いに!」


 その――、なんて言うか、つい二日前、産まれたんだ――私と、カオルさんの、アレだ。


 二千五百グラムの元気な男の子が、な。

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