番外編①-2「Don't roll《転がらない》」

「じゃとりあえずいつもので」

「ビールとソーセージね。オッケー」


 なんとか無事に千地球のママからの理解を得られ、一番奥のカウンターに凛子ちゃんと二人並んで座った。


 速やかにサーブされたソーセージとハイネケンで乾杯。と同時にハンバーグプレートを二人分オーダーだ。

 喉を湿した凛子ちゃんが口を開く。


「日曜だから今夜はカオル先輩んちすよね?」

「いや、二人とも居ないし店の二階うえかな」


 敢えて言うことでもないと思うが、私とカオルさんは籍を入れた――つまり、今の私たちは夫婦なんだ。


 けれど共に夜を過ごすのは週に一日だけ。日曜の晩だけ杭全くまた親子が暮らすマンションに泊まり、その他はロケットベーカリーの二階で暮らしている。

 なんと言っても仕込みのために出ていく私の時間が早過ぎるから。


 もしかしたらこのまま行くかも知れないが、とりあえず野々花さんが中学生になるまではこの生活の予定だ。

 しかし私としてはこのままでも問題はない。十二分に幸せだ。


「え、そうなんすか?」

「そうだよ。だって私ひとりがカオルさんとこで寝るの変でしょ」


 まぁちょっとおかしな新婚生活だが、私も、カオルさんも、野々花さんも、三人が納得のカタチで暮らすのが一番大事だよな。


 たんっ、と飲み干したグラスを置いた凛子ちゃんが、ママを呼んでワインを頼んだ。赤だ。

 そして届いた赤ワインを半分ほどグイッと空けた。速い。やばい。


「ふぅぅ――……幸せそうで何よりっすけど」


 ちょっと真剣な声音。なんだろ、怖いな。


「言っとかなきゃと思うんで言っとくっす」

「うん、なんだろ」


 グラスに残るもう半分のワインも飲み干した凛子ちゃんが言ってのけた。


「こないだ……カオル先輩が知らない男の車に乗りこむの見たんす。たぶん旅行に行く日の朝」


 衝撃の内容だ。

 けれど、思い当たる点があるから動揺する前に確認だ。何事も早飲み込みの早合点はいけない。


「……凛子ちゃん。カオルさんちがカオルさんのお母上の持ち物だって知ってる?」


 動揺を見せない私に驚きつつも、凛子ちゃんが頷いた。


「聞いたことあるっす。家賃いらないから助かってる、って先輩から」


 私が知ったのは一年以上前だが凛子ちゃんも知ってたか。

 『ちなみに参照だ』って言葉が何故か頭に浮かんだ。コレなんだろ。


「でもお母上は一緒に住んでない。なんでか知ってる?」


 これは私も当時は知らなかった。

 け、け――けけけ結婚のごごごご挨拶に伺う際に知らされた事なんだ。思い出しただけでも緊張しちまうな。


「あ、そういやカオル先輩の母ちゃん、何年も前に再婚して出てったんだっけ?」

「そうなんだよ。そのカオルさんのお母上、サユリさんは五十二歳。そのご主人はなんと――」


「なんと――?」


「四十五歳。私と五つしか違わないんだ」


 カオルさんと私は七つ差。お母上と義父どのは逆パターンの七つ差だ。すなわち私とお母上とも十二しか違わないんだよな。


 しばし――というよりは少し長めの沈黙が降りた。

 空いたグラスを見たママの『飲み物は?』に、『同じのおかわりお願いしゃす』って凛子ちゃんが答えてからワインが届くくらいの間が。


 クイっとワインを傾けた凛子ちゃんが何かに気付いたらしく言う。


「え――え? もしかして……え? まじすか?」

「たぶんそう。その知らない男の人、義理のお父さんだね、カオルさんと私の」


 念のため車の色は何だったかとか、歳の頃とか雰囲気とか、色々と細々こまごま聞いてみるとほぼほぼ百パー義父どのだった。


「四人で旅行なんだ。野々花さんが小学生のウチにって」


 お母上のたってのお願いだ。私も誘われはしたんだが、店をそんなに休むわけにもいかないからな。


「きっと後部座席にお母上と野々花さんも乗ってたと思うよ。野々花さんは前日からお母上のとこに泊まってるから」


 逆に私は平日だったがマンションの方に泊まった。

 野々花さんがいない二人っきりの夜。理解ある娘と姑と舅に感謝だ。


「三人でカオルさんを迎えに来たところだろうね」


 ふふ。なんとなく笑っちまうよな。

 去年まで私は天涯孤独の殺し屋だったのに、今じゃ七つ下の妻と小五の娘。さらには五つ上の舅と十二こ上の姑がいるんだぞ。


 瓢箪から駒、とかいうやつか。違ったかな。


 なんて能天気なことを考えていた私に反して、肘をついて額に手をやり項垂うなだれる凛子ちゃん。


「……オレはこの数日……そんな事にイライラしてたんかよ……」


 さらに赤ワインをグイッと呷る凛子ちゃん。

 ハンバーグプレートが届く前にもう何杯目だ。平気かな。


「ママさんおかわり!」

「はーぃ! ちょっと待ってね!」


 手持ち無沙汰の凛子ちゃんがソーセージを摘んで齧る。

 どうやら結構動揺してるらしい。手掴みで食べたりする子じゃないんだよな。


「……でもまぁ……」

「うん」


「良かったっす! 店長とカオル先輩達の幸せぶっ潰れなくて!」


 屈託なく笑ってそう言う凛子ちゃん。

 良かった、どうやら元気が出たらしい。


「なになに? なんの話し?」


 お待たせ〜、なんて口にしながらハンバーグプレートを持ったママがしれっと話題に首を突っ込む。恐ろしく自然だ。


「それが聞いて欲しいんすよママさん」


 併せて届いたワインを飲みつつ凛子ちゃん。


「聞く聞く。聞くわよ〜」

「俺またフラれちまったんすよ〜! 慰めて欲しいっす!」


 え? そうなのか?

 そんな話題じゃないと思ってたんだけど?


「あわよくば傷心の店長がオレんとこ転がり込んでくるかと思ってたんすけど! さすが店長クラスのはなかなか転がんねぇっす!」


 はははは! なんて笑いながら言ってのけるけど、どこまで冗談なのか私には難しいところだぞ。

 なんとなく察するのか、適当に頷いてるのか、どっちだか分からないがママはウンウン言いつつ頷いてる。


「オレももう二十六、どっかに転がってねぇすか? 店長っぽい岩みたいな男」

「そうねぇ。ただの岩っぽいのはちょこちょこ転がってるけど、雁野さんみたいなのはあんまりいないかもねぇ」


 前にも言ったが、私はそんなに岩っぽいのか……?

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