第12話 産後2年半、別居準備

 夫と一緒に暮らしていくのはもう無理。そう思ったわたしは、別居する計画を立てることにした。


「保育園は継続させたいから、保育園の近辺でっと」


 保育園を中心として賃貸物件を探す。親子2人で暮らせることを条件に、もろもろの条件で絞り込んでいく。良さそうな物件を見つけると、内見の申し込みをする。


 そう簡単に新しい家は見つからないので、少しずつ荷物をまとめる作業も始める。寝室のクローゼットに梱包した荷物をしまう。夫が寝室のクローゼットを開けることはほとんどないが、万が一を考えてカモフラージュしておく。具体的には、表側に夫の荷物を置き、裏側に梱包した荷物を隠していく。


「へー、今って引越しの見積もりを複数の業者さんからまとめて取ったほうがお得なんだね。しかもメールで送ってくれるのは助かる。博人にバレるわけにはいかないからね」


 引越しのまとめて見積もりサイトというものを見つける。依頼しようとしたところ、引越し元と引越し先を入力する必要があるみたいなので、ブックマークしておく。


 仕事の通勤や、家事、育児の合間をぬって物件探しと荷物の梱包を進めていく。とはいえ、1人でできることには限りがある。わたしは、両親に夫の不倫と離婚予定であることを知らせ、荷物の梱包を手伝ってもらうことにした。


「というわけで、博人の浮気がひどいから離婚しようと思ってるの」


「……博人くんが不倫とは、なかなか信じがたいものがあるな」


 紗智がお昼寝をしたタイミングで、父と母に協力を依頼することにした。興信所の白館さんにまとめてもらった博人の調査結果を見せて説明するが、父も母も困惑した表情。


「信じたくはないけど、こうして写真と行動記録があるんですもの。事実と受け入れるしかないですよ」


 行動記録を読み終えた母が、困惑した表情のまま父へと話しかける。


「……しばらく会っていない間に、博人くんも変わってしまったということだろう。京子を託した博人くんはもういないんだな」


 母の言葉を受けて、父は重いため息をつく。


「で、京子。お父さんたちに何をしてほしいんだ?」


 父に促されるままに、私は両親にお願いしたいことを告げる。


「お願いしたいことは2つあるの。1つ目は、離婚届の証人になってほしい。2人に書いてもらわないといけないんだけど、片方だけ書いてほしいの。もう一方は、博人のご両親にサインしてもらうわ」


「婚姻届の承認はお父さんだったわね。じゃあ同じくお父さんのほうがいいかしら」


「それがいいいだろう。で、2つ目は?」


「2つ目は、引越し当日に荷物の梱包を手伝ってほしい。万が一離婚裁判になったとき、別居の事実があったほうがいいみたいだから、博人にだまって家を出ようと思っているの。だけど、紗智の服やおもちゃを梱包しちゃうわけにはいかなくて」


「それならお母さんが行くわ。引越し当日だけでいいのかしら?」


「できれば何日か前から来てくれると助かるよ。けど、今までお母さんたちがうちに泊まったことないじゃない?急なことで博人に変に疑われたら困るなって思って」


「近くにホテルあったわよね?数日前からホテルに泊まって梱包しに行くわよ。娘のピンチですもの。お父さんも協力してくれるわ。ね?」


 にこやかに協力を申し出る母。最後の「ね?」は父に向けたものだが、有無を言わさぬ迫力がある「ね?」だった。


「あ、ああ。お父さんもできる限り協力する。引越し当日はお父さんも休みを取って、そっちに行こう」


 父の言葉にびっくりして目をぱちくりしてしまう。結婚の挨拶に来たときから夫を気に入っていた父が、こんなことを言うとは思わなかった。


「ふふっ、そんな鳩が豆鉄砲喰らったような顔しないの。お父さんは、ちゃんとあなたのお父さんなのよ」


「……ありがとう」


 わたしは両親に深々と頭を下げる。


 これで、引越しに間に合う目処がたった。あとは、母が来るまでの間、できる限り梱包をがんばるだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る