111.帰るぞ

 

「レオのことが心配で、みんなより先に来ちゃった」


 まさかマリアが来るとは思わなくて驚いた俺は、一応リンガーが動かないのを確認して、彼女に駆け寄る。

 彼女は膝に手をつき息を切らし、でも俺に向けたその表情は弾けるような笑顔。

 ああ……やっぱり俺はマリアのことが好きだ。


 ――けど!


「おうおう、お熱いこって」


 城下の冒険者ギルド・イントリ支部にいるはずのベルナールのおっさんもいた!!


 おっさんはギルドでリンガーの配下らの監視の下、ごちゃごちゃした手続きをしていたところに城の爆発に遭遇。

 驚いてギルドを飛び出そうとしたところを、自分達も戸惑いながらもベルナールの行動を抑えようとした配下らと揉み合いになり、イントリのギルドマスターと力を合わせて制圧。

 ギルドを出たら出たで街にいるのは老人や女性に幼子おさなごばかりで、その人達の避難誘導やらを済ませて城に向かおうとしたところにマリアと出くわして一緒に来た、と。


 今にも“ひゅうひゅう”って口笛を吹きそうな、マリアの笑顔とは似ても似つかないニヤケ顔。

 うわぁ……めっちゃ恥ずかしいんだけど!


「ど、どこから聞いてた……?」


 おっさんのことは見ないようにして、マリアに確認する。


「ん~、『俺に本当に必要な人は』あたりだよ」

「そ、そうか……」

「へへっ、『これからもずっと一緒』だとよ! いいねえ、若いって」

「おっ、おっさんには聞いてねえから!」


 そうこうするうちに、エトムント様の進軍の角笛もすぐそこまで迫ってきた。着くのも時間の問題だな。


 いやあ……それにしても、リンガーに向けて言ったこととはいえ、こんな小恥こっぱずかしい話をマリアとベルナールに聞かれるとは……。

 ――って、思い出した!

『声写し』の魔道具!!

 まさかこれにも写されてるんじゃ……?


 俺は握り締めたままの魔道具を確認する。

 魔石には薄っすらと魔力が残っていて、ちょうど光が消えるところだった。

 ……まだ動いてやがった。

 ――ってことは、『小恥ずかしい話』が全部写されてるってことじゃねえか!


 どうする? ぶっ壊しちまうか?

 戦ってる最中に壊されたって言えば……。そうだな、かわりに俺の口から隠し鉱山や王族とナンタラカンタラってことを伝えれば、それで怪しまれはしないだろ。

 ぶっ壊しちま――。


「どうしたの?」

「おっ? それが例の魔道具か?」

「――っ!?」


 あー、見つかっちまった。

 二人のそばで確認しちまったのがいけなかった……。

 結局、エトムント様も把握してないっぽい情報もあることだし、魔道具は渡さざるを得なくなった。


 ちょっと憂鬱な気分になりつつも、エトムント様が入城するまでにリンガー達を縛り上げておく。

 スカムは、城の崩壊から逃れて俺らとは反対側に避難していたロウブロー家の使用人――メイドを追い掛けていた。

 “下”が興奮状態で涎を垂らして喚くスカムから逃げまどう彼女達に、デブゆえに追いつけないのは滑稽だ。


 けど、途中で俺と一緒にいるマリアに気付いて向かって来やがったから、ブン殴って気絶させて縛り上げてやった。



『私には大望を抱く傍系王族との繋がりがある。さらに隠し鉱山もあって資金には事欠かない。そんな私の勢力は中央貴族にまで及んでいるから……』


「ほう。確かに言質げんちを取れている。鉱山の件も由々しき事だが、傍系の王族に“大望抱く者あり”か……。とにかく、ベルクが掻き集めた書類を精査して裏付けを取れれば完璧だ。よくやってくれたな、レオ」

「うッス……」


 城から少し離れてて無傷だった騎士舎に陣を張ったエトムント様と、声写しの魔道具の内容を確認している。

 俺の魔力じゃないと再生しないからな……。


 一応、再生が途中で止まるようにかなり少なめに魔力を注いだけど、俺はその後の『親子どうのこうのって話』と『小恥ずかしい話』が聞かれるんじゃないかと気が気じゃなかった。

 作戦は成功で、リンガーが【損傷転嫁】が効かなくて狼狽えた辺りで再生が止まって、ホッとした。顔には出さなかったけど、心臓バクバクだったぜ。


 そんなこんなでベルナールはギルド内でのこと、俺は城に来てからのこと、それぞれ平原を出た後のことを報告しているうちに日が暮れて、城下の宿で一泊。



 朝。

 俺ら冒険者組は帰る。

 ようやくキューズに帰れる。領都オクテュスのギルドに立ち寄ってからだけど……。

 今回の報告と、リビングデッドにされた冒険者達の冒険者証を届ける役目だ。

 俺もヤセノとギススらキューズ組の冒険者証を預かってる。


「あんな奴らでも、故郷には帰してやりてえもんな……ん? ――ぅうっぷ!」


 リンガー・ロウブローっつうクソみたいな貴族に冒険者の命が手駒のように軽く扱われて、知り合いの連中が犠牲になったことに遣る瀬無え気分で宿を出たところで、俺の顔に何かが突っ込んできた。


 モロに顔面にぶつかって、張り付いてきたそれは――。


「ぶはっ! 何しやがる、モモンガ娘!!」


 俺の顔を覆っていた白い身体を剥ぎ取って持ち上げると、モモンガ娘は、赤い瞳で俺を見据えてくる。


「やっと出てきたです!」

「は? そりゃ出てくるだろ、帰るんだか……」

「――ワタシも行くです!」

「はあっ? お前は自由の身にしたはずだろ?」

「自由だから、ついて行くです!」

「いやいや、行くべき所は他に……」


 『あるだろ』と続けようとしたところで、思い出した。

 コイツには無いんだと。

 故郷も、仲間も……そして、コイツのことを思ってくれる他人も。


 ちょうどマリアも俺の服を引き、隷従印も残っていることを伝えてくる。


「この子の隷従印もどうにかしてあげないとだよ?」

「うっ、そうだよな……」


 印の支配者は俺になって、その俺が“自由”を宣言したところで、身体に残された隷従のしるしは消えない。

 この印を俺みたいに乗っ取る手段があれば、モモンガ娘はまた隷獣に逆戻りになっちまう可能性もある。

 中途半端にしておけねえ……よな。


「わかった。お前の“傷”を消すまで、俺が面倒をみる」

「ホ、ホントです?」

「私もだよ! レオと一緒に治し方を探すからね?」

「はいです! よろしくです、お姉様!」

「お、お姉様……なんて良い響き……」

「……」

「と、とにかく、キューズに帰るぞ!」


 ぽわぽわと舞い上がるような表情のマリアはさて置き、俺とマリアとモモンガ娘、ついでにベルナールのおっさんは、キューズへ――オクタンス領へ向かう。


 ちなみにエトムント様は、イントリに残ってロウブロー領の状況把握と復旧の指揮をしながら、王都から騎士団と調査団が来るのを待つそうだ。

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