93.貴族の睨み合い
「じゃあ、レオも【粘体維持】で体がネバネバしていたが、【軟化・硬化】に“進化”したら粘つきは無くなったと?」
「ああ。けど、別の支障が出たけどな」
俺が馬上で軽く【軟化】してみせると、案の定ベルナールは顔を引き攣らせた。
「おぉ……。ひ、人のスキルにも体や関節を柔軟にする【軟体】というのがあるが、それ以上だな。骨まで軟らかく、しかも伸びて見た目もキツ――変わるなんて……」
言い直してくれるだけ、おっさんは優しいと思う。
「け、けどよ! 【体内収納】なんて、凄え便利そうだな。普通に魔法鞄を買おうと思ったら、べら棒に高いんだぞ。スライムのスキルも捨てたもんじゃねえなあ!」
研究機関でもスライムのコアスキル【体内保持】に着目して、魔法鞄の廉価版を作れないか、長年研究されてきたそう。
でも、【体内保持】で鞄を満足に機能させるには、普通の魔法鞄のよりも大きな魔石が必要になって、逆にとんでもなく金が掛かるってんで頓挫した、って裏話を交えて俺の【体内収納】を褒めてくれるけど……。
フォローしてくれてるつもりだろうけど……そうでもねえからな? 俺は身をもってクソさを体感してるんだ。それは言わないけど。
――ってな感じで、俺達は馬上の人になって、俺のスキルの話をしながら街道をイントリに向かっている。
ベルナールと村娘が一頭の馬に、俺とマリアがもう一頭の馬に、相乗りして。
前に乗せてるマリアと体をくっつけられるから嬉しいんだけど……【自制】を持ってて良かったぜ。危ねえ危ねえ。
そして……。
おっさんの馬と俺とマリアが乗る馬との間に、獣人傭兵共の亡骸の山が括りつけられた獣化済みのフェドが歩いている。
「ぅうう……
その口には、俺が乗ってる馬――おっさんを異常に怖がってる馬――が着けてた
五体の死体を背に積まれて重くねえのかと心配だったけど、獣化したフェドは平然と歩いてるから驚きだ。さすが獣人って感じ?
いや、“平然と”じゃねえな。
姉貴が死んだ、って泣き腫らしながら歩いている。
おっさんにスキルのことを訊かれながら街道を進み、まもなく夕暮れを迎える頃。
ロウブロー子爵領、領都イントリを遠くに臨む平原に差し掛かる。
最初に覚悟した『走って行く』場合よりは早いけど、馬を手に入れたにしては遅い到着だ。
途中の村に村娘を送り届けたり、重い“荷物”を載せた捕虜を引っ張ってきたから、早く駆けられなかったからな……。
「やはり、ここを戦場に選んだか。兵数も予想通りだ」
そして、遠目に見える平原では二つの集団が距離を空けて対峙している。
馬の歩みを止めて、念の為街道を下りて様子を窺う。
ラボラット村で聞いていたように、四~五百の集団と二百くらいの集団だ。
見たことのない旗を掲げる四~五百と、褒賞を受ける時に見た覚えのある旗――オクタンス家の紋章――を掲げる二百。
こっちからは集団を辛うじて目視出来るけど、俺たちはたった三頭の馬だから、向こうの集団のどっちからもこっちのことは見えてないだろう。
「ふむ。動いた形跡が無いから、戦闘には至っていないようだな。両軍睨み合いっつうやつだ」
目を凝らしたベルナールが、額に手をかざして西日を遮りながら呟く。
エトムント様の【鉄壁〈3〉】で、『兵数が倍違うから攻めきれないだろう』けど『絶対にやられはしねえ』って聞いてたけど、戦いが始まってすらいねえって……。
今日の朝からずっと向かい合って、睨み合っていたのか?
「……で、どうするんだ、おっさん? 予定通りに敵さんの後ろに回り込んで、撹乱するか?」
その場合、馬男と獣人の死体をどうするかって問題があるけどな。
俺の問いかけに、おっさんは首を横に振る。
「いや、そもそも戦闘になってない以上、オレらは動いちゃいけねえ」
「ん? なんでだ? おっさん、昨日は撹乱するって言ってたじゃねえかよ」
「それは、戦闘になっていたらの話だ」
「ん? わかんねえな。戦闘になってるか、なってないかでどう変わるんだ?」
マリアも分からないみたいだ。
そんな俺とマリアに、ベルナールも「そうだろうな」と状況を説明してくれる。
「今回、エトムント様は、いくつかの証拠や根拠に依って、ロウブローを糾弾しようとしている」
☆
『オクタンス領における、治安
ネイビスの“帝国”を影で支援して、オクタンス領内を中心に殺しや盗み、誘拐なんかを引き起こして治安を乱させて、じわじわと弱らせようとしたこと。
俺とマリアが脱出したことで“帝国”の所在が判って、いろんな書類とかが見つかったんだったな。
『獣人傭兵ファーガスを利用した、街道封鎖の企て』
俺達の暮らすキューズと領都オクテュスの間にある岩山を貫く街道に、ヴァンパイア・ビーやクイーンを連れてきて通行人を襲わせて、事実上の封鎖をしようとしたこと。
これはファーガスを生きて捕まえたことで、野郎の口から聴取できてる。
『ラボラット村での虐殺と『魔物人間』――人間のリビングデッド――生成容疑』
ロウブロー領南端のラボラット村において、住民や冒険者を殺害し、魔石を用いて『魔物人間』――人間のリビングデッド――を生み出した。
“生み出した”ところで俺らがその先を防いだから、容疑が生成で止まってる。虐殺は、遺体がある。
これは、俺らが村で実物を見てるけど、ロウブローがやったっていう確たる証拠が
☆
「しかも、ロウブローはエトムント様と同じく貴族だ。それも同じ王を仰ぐ同国の貴族で、爵位も同格」
今回は、国を挙げての戦争や王家の代わりに武力を使う動員令とかではなく、貴族同士の衝突になるそう。
「貴族同士で軍を衝突させるにはそれなりの理由が必要だし、その理由を両者が『是とするか』『非とするか』して、争いが始まるもんだ」
「……どういう意味だ?」
おっさん曰く――。
今回の場合は、さっき言った三つの容疑を糾弾する為に、エトムント・オクタンス子爵がロウブロー領に踏み込んだ。
んで、ロウブローは、逃げたり城に閉じ籠ったりしないで、軍を率いて出てきて、睨み合いの形になった。
「それで、戦ってない理由はなんだってんだよ?」
「睨み合う前、つまり、互いに陣を敷いた時だな。そん時に、おそらくエトムント様が敵陣に使者を送って、領境を跨いで進軍した自分の正当性……ロウブローにかかっている容疑を突きつけたはずだ」
それを、ロウブローが認めなかったり、開き直ったりすれば、開戦の狼煙が上がる。
でも――。
「これはオレの想像だが、ロウブローの野郎はしらを切ったんだと思う」
「しらばっくれたっつうことか?!」
「ああ。だから、戦端が開かれてない……んだと思う」
まあ、ベルナールは俺らといたから詳しいことは分からねえんだろうけど、なんか納得いかねえ。
「で? 俺らが後ろを衝いちゃいけねえ理由は?」
「“火種”が変わっちまうからだ。オレもレオもマリアも、平民だからだ」
貴族同士が動いていない今、オクタンス家からの依頼を受けた冒険者とはいえ、平民の俺らが勝手にロウブローに手を出したら、俺らの方が悪くなっちまう、って。
ロウブローに“無礼討ち”みたいな権限っつうか、正当な理由を与えちまって、エトムント様のやりたいことから外れちまうそうだ。
「最悪、その件でエトムント様にも累が及びかねない事態になる」
なんなんだよ、貴族って! ……メンド臭えなぁ。
ムシャクシャして頭を引っ掻いてたら、その貴族達に動きが出た。
双方が退いたんだ。
「なっ?! なんで?」
「そろそろ日が暮れるからな」
むきーっ!
俺らが苦労してリビングデッドを倒して、獣人共も倒して、やっとここに着いたってのに……。
何にも無しで終わるってのか!?
「――っ?」
命がけの戦いを思い出して、俺が余計に腹を立てていると、おっさんが俺の背を押す。
「行くぞ」
「あ? どこに」
「エトムント様は、一旦領境まで退くはずだ。そこにオレ達も行って、報告だ。ちょうど迎えも来たみたいだしな」
「迎え?」
ふと街道に目を遣ると、マントに身を包んだベルクさんが立っていた。
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