92.スキルのこと、おっさんに話す
地べたに座って泣きじゃくるマリアを抱きしめながら、ベルナールを見上げる。
おっさんは大剣を背中に収めて、何も言わずにマリアが落ち着くのを待ってくれていた。
ひとしきり泣いたマリアは、少しぐったりしている。
俺を殴るのだって体力が要っただろうし、心だって辛かったはずだ。
嬉々として人を殴るような性格では絶対にないしな……。
そんな彼女に、俺には記憶が無いからこそ謝るしかできない。
「マリア……ごめんな」
「レオ……。今のレオは本当のレオなのよね?」
「ああ。何が何だか……全っ然覚えてないんだけどな」
「そうなんだ。でも良かった……心配したんだから」
心配して殴るの?
でも、俺本人もこうなってる状況を不安に思ってんだから、俺のことを見てる方も心配するか。
「ごめんな」
「ううん。私こそ、叩いたりしてごめんなさい。レオをなるべく傷付けないように目を醒まさせたかったから……」
叩くって威力じゃなかったけど?
いや、そんなことより――。
「それより、リオットルは?」
――って、すぐ側の血だまりの中に仰向けで倒れてやがる。獣化が解けていてピクリとも動かないってことは、死んでるな。
マリアは、俺の言葉でリオットルの存在を思い出したみたいで、そばに立ってるベルナールを見上げた。
おっさんはおっさんで、俺の質問に一瞬眉をひそめながらも手を伸ばして、マリアを抱える俺を立ち上がられてくれる。
「オレがトドメを刺しといた。ほとんどお前がやったようなもんだ」
「おっさん……」
しっかし、だんだん身体は軽くなってきてるけど、まだ脚に力が入らず、少し震えが残ってる。マリアも辛そうだ。
彼女の服についた砂を落とし、自分も服を払いながら、何気ない風を装ってベルナールに尋ねる。
「俺、どうなってた?」
なんとなく、おっさんと目を合わせることはできなかった。
おっさんの眉がまた、ピクリと動く。
「……本当に覚えてねえのか?」
「ああ、スッポリ記憶が無いんだ」
「……」
しばらく無言の時間が流れると、おっさんが大きく息を吸って、口を開いた。
「オレも闘ってたから、詳しく見てたわけじゃねえが……」
まあ、リオットルの咆哮を食らった後、俺が豹変して一方的に攻め立てながら離れていったって。
んで、熊野郎を倒してから追ってきたら、俺も獅子獣人もヘロヘロで。
互いに最後の攻撃に出ようとして……俺の方がやられそうだった、と。
「そうか、マリアにもおっさんにも助けてもらったんだな……ありがとうな」
全く記憶にないことが怖くもありつつ、二人には礼を伝える。
その後、とにかく元の場所に戻ろうということになる。向こうにも獣人共が転がったままだから、片付けないといけない。
「馬も連れ戻したいしな」
ベルナールが肩にリオットルを担いで、俺がマリアを支えながら、三人横並びで街道を歩きはじめると、おっさんが隣の俺に真剣な目を向けてくる。
「レオ、時間が惜しいから、端的に訊く。お前のアレは何だ」
“アレ”か……。
スキルのことだろう。
一瞬、はぐらかそうかとも考えたけど……見られることは覚悟で使ったんだってことを思い出し、話すことにする。
ネイビスの“帝国”で、マリアを助けるために……いや、それを言えばマリアが責任を感じちまうから、半分
「どんぐらい取り込んだんだ?」
「結晶を貯め込む壺が何十個もあって……ほとんど全部」
「なにぃ!?」
確か、結晶を二千取り込んだっつって【スキル吸収】を、五千取り込んだって【スキル譲渡】を獲得したんだったな。
「五千……以上?」
「ご、五千だとっ?!」
ベルナールがふらつく。
「……どんな魔物の結晶をだ?」
「スライムとかゴブリンとか動物型魔物……全部、あの辺にいる種類だったな」
「スラッ、ゴブ……」
ベルナールがぐらつく。
リオットルを落としそうになるくらいぐらついたんで、あわてて支えてやった。
おっさんは自分を落ち着けるように何回か呼吸を繰り返して、また俺に質問してくる。
熊野郎のトコに着いたら、なあなあで終わらせようかなって考えてたけど、思ってたより離れてるみたいでなかなか辿り着かねえな。
「オレに寄越した回復薬のこととか色々訊きたいことはあるが、さっきまでのお前の変貌もそうなのか?」
「ああ。全ての魔物に備わってる、人間への【攻撃衝動】の上の【闘争本能】が習熟した、【忘我狂戦】っていうユニークスキルみたいだ」
「ユッ、ユニークスキルだと?!」
「ついでに、回復薬のはスライムのスキルだ」
「待て待て! 理解が追いつか――ッ!!」
驚いてばかりのベルナールが一回息を呑み、さらにマリアにチラリと目を遣ってから、恐る恐るって感じで訊いてくる。
「まさか、マリアのもか?」
「マリアの?」
「レオを殴ってるとき、お前の纏ってた魔力で拳が爛れたようになったんだが、その治りが速過ぎるし完全に綺麗に治っていた」
あぁ……マリアも見られちまってたのか。
俺はともかく、彼女まで禁忌を犯したって
どうしようか迷ってマリアに目を遣ると、彼女は黙って頷いた。
「マリアには、【瞬間回復】っつうユニークスキルを一個だけ譲って、持ってもらってる」
「それもユニークスキルだったか……。どおりで……上位魔物でも、あんな速さで傷が治らんぞ」
ベルナールは驚き疲れたのか遠い目になったけど、すぐにマリアに心配の目を向ける。
「マリア、そんなスキルを持ってて身体に影響はないのか?」
「えっと……今日みたいにたくさんの傷を負ったのは初めてですけど、傷が治った分、体がだるいです。それ以外はなんともありません」
「そうなのか」
「ちなみに俺も【急速回復】っつうのを持ってるぞ。ほら、リオットルにやられたりマリアから殴――叩かれても、傷も内出血も無いだろ?」
「そういえばそうだな」
この三人で、傷(痕)だらけなのはベルナールだけだ。
そうこうしているうちに、元の場所に着いた。
太陽は、まだ高いまま。
結構派手に戦闘したし途中の記憶も無いけど、獣人共と遭遇してから三〇分くらいしか経ってないんじゃないか?
街道には、まずビーアが、ちょっと離れたとこに馬女、その奥に本当の馬や最初の猿野郎や狐野郎と攫われた村娘、馬男が倒れている。
「まずは馬の確保だ。草原に一頭逃げたろ? いた、あそこだ! レオはそれを連れてきてくれ」
「お、おう」
結構遠くね? なんて思ったけど、このままここにいて根掘り葉掘り訊かれるよりはマシだと思って、一人で街道を下りて馬を確保に行く。
マリアとおっさんは、その間に村娘を保護して、獣人の亡骸をひとまとめにするって。
「連れてきたぞー」
「おう。あと、いい知らせだ。もう一頭も生きてたぞ。気を失ってただけのようだ」
街道に硬直して倒れてた馬も生きてて、おっさんに手綱を握られて傍に立っていた。
けど、その馬は目を剥いてヒヒンヒヒン鳴きながら後退りする。どうやらベルナールのことが怖くてたまらないみたいだ。
そういえば、ソイツはベルナールの全方位を威圧するかのような咆哮を浴びて倒れたんだ。怖いのも無理はないな。
それと――。
なんとっ! 俺がケツら辺を噛んで強毒をブチ込んでやった
ケツを紫に染めた馬人の姿でピクリとも動かなかったから、最初は死んでると思ってた。
でも、リオットルを含めた獣人の亡骸をどうするか話していて――。
「この獣人傭兵共はロウブローの悪事の証拠にもなるから、持っていきたいんだがな……」
「おっさん、これ全部は重いだろ。こっちには馬二頭しかいねえんだからよ」
「だよなあ……」
なんて話の中で、俺が「首だけにして持ってくか?」って話した時、フェドのケツがピクッと反応した。
俺はたまたまそれを目撃して、声には出さないで二人に報せる。
んで、様子を見てたら、ちょっとずつ這うように動いて俺達から遠ざかろうとしやがる。
とりあえず動けると確認した俺やベルナールは思った。
馬が一頭増える、ってね。
「コイツの首から切り落とすか」
俺がフェドの近くまでいってそう言うと、慌てたように這って逃げようとしやがった。まあ、ベルナールが逃げ道を塞いでるんだけどな。
俺はその背中を思いっきり踏みつけて動きを止める。フェドの体が固まった。
「フェド君、君は逃げられないよ」
「……」
「でもさぁ、俺達に抵抗しないで、捕虜として言うことを聞くってんなら、首は繋げていてもいいかなぁ」
「……」
「どうする? 首、切られて死ぬ?」
「…………言う通りにします」
よし! 馬が一頭増えた。
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