74.くれぐれも油断召されるな

 

「見事なお手並みでした、レオ殿」

「――ぅおっ」


 少しだけ離れた井戸の方向から声が掛かった。

 ビックリはしたけど、真後ろじゃなく少し離れてたこと、聞き覚えのある声だったこと、そして、気配なんか感じなかったけど、もしかしてこの村にも来るかも? って思ってたから、飛び上がるほどじゃなかった。


「ベルク……の爺やさん……」


 エトムント・オクタンス子爵の執事、ベルクが井戸のふちに立っていた。

 昨日、イントリの街なかで会った時と同じ、頭から足下まで覆う黒いローブ姿で。


「レオ! ……と、ベルクさん?」


 そこに、魔力欠乏がいくらか回復して、自力で屋根から下りたマリアが俺に合流してきて、爺さんに気付いて驚いている。

 ベルクも井戸から音も無く下りて、周りの亡骸を見渡しながら俺らの方に歩いてくる。


「しかし……酷い有様ですな」


 片手の甲で鼻を塞いで顔を顰めるベルク。

 そうだった、ここは腐臭まみれだった。慣れと、臭いを気にしてる場合じゃなかったから忘れてたぜ。

 そういや、この爺さん、いつから……。


「ベルクさんは、いつここに? いつから見てたんだ?」

「最後の最後……一体化した魔物人間を見事に討ち取った場面、だけですが?」


 ……本当かな?

 何も知らない人間からしたら、まず人間がアンデッド化してることに驚いて、俺に事情を訊いてくるはずだ。

 それを『リビングデッド』とは違うけど、『魔物人間』っつう言葉で受け入れてる。

 それは、俺とマリアやベルナールの会話までは聞こえない遠距離から、ここの状況を見ていたからかもしれない。


 だとしたら、【軟化】した姿を見られちまってるんじゃねえか?

 や、やばいかも……。

 一人で焦っていると――。


「ご安心を。こちらに着いたのは、本当にその時ですから。『魔物人間』については、事前の情報や昨日からの諜報活動から導き出した私どもの予測でしかありません」


 ベルクは、俺の心を見透かしたように付け加え、「いやあ、本当は手助け出来ればと考えていたのですが、年は取りたくありませんな、足が遅くなって遅れてしまいましたわい」なんて苦く笑った。


「ですから、何があったのかお聞かせ願えますか?」


 本当かどうか疑わしいけど……もしかして、俺の秘密を守ってくれようとしてるのかもな……。

 だから、俺はこの村を見つけたところから掻い摘んで話した。


「俺なんかから聞くより、ベルナールから聞いた方がいいとは思うんだけど……」


 俺はそう言って、いまだに散発的に戦闘音のしている方向に目を遣る。


「そういえば、ベルナール殿が戦闘しておりましたな。何やら楽しそうに剣をふるっておりましたぞ」


 ベルクも俺たちが切り開いた裏門から入って来たらしく、井戸までの途中でおっさんとガエルの戦いを横目に見たらしい。

 楽しそうにって……何やってんだか。


 このラボラット村で唯一、音を出している方向を遠い目になって眺めているところに、ベルクは続ける。

 あれ? 音が剣戟から、鈍器っぽい音に変わってる?


「まあ、それはそれとして……私が姿を現したのは、ベルナール殿は取り込み中のようなので、レオ殿に“これからの流れ”をお願いしに参ったのです」

「流れ?」

「ええ」


 ベルクは頷くけど、俺にはこの爺さんの言ってることがピンとこない。

 それが顔にも出ていたのか、ベルクは「なに、難しいことではありません」と、内容を話し始める。


「ベルナール殿の戦いが終われば、このラボラット村の異変は終息といってよろしいでしょう。つきましては……その後にベルナール殿には、速やかに森をオクタンス領に戻り領境監視部隊に報告を上げて欲しいのです」

「おっさんに? 俺でもいいんじゃないのか?」

「足はレオ殿の方が速いでしょうが、ベルナール殿はキューズのギルドマスター。立場の違いから話の信頼性が高く、監視部隊長に話が通じるのは、彼の方が早いでしょう」

「あ、そうか」


 昨日も部隊と話をしたのはおっさんだった。俺やマリアのこともチラッとは見てるだろうけど、ガキが伝えようとしても、ひとまず疑ってかかるだろうな……。


「所在不明冒険者の足取りを追っていたら、このラボラット村で異常な光景を目撃し、対処してみれば……探していた冒険者達が見るも無残なことになっていた。『アンデッド』化させられていた件も含めて、そのような報告をして頂ければ……」


 すると――。

 話を受けた監視部隊長が、すぐにオクテュスに向けて伝令を街道に走らせる。

 その伝令が、ほどなく“とある部隊”に遭遇する。


「とある部隊?」

「ええ。それは……領境にほど近いオクタンス領内に出現した魔物の、ニセ・・の緊急討伐隊です。そこには、騎士・兵士の他に、たまたま・・・・気が乗ってご参加された我が殿――エトムント・オクタンス子爵もいらっしゃる」


 そんで、そのたまたま・・・・いたエトムント様が、事の重大性を鑑みて、すぐさま越境して来るんだって。


「いいのか? ここまではエトムント様の介入を匂わせねえように、冒険者ギルド――俺らとベルナールの独断に見せてたのに……」


「それゆえに『たまたま』が肝心なのです。その為に、我が殿と冒険者ギルドは、魔物の出現情報や緊急性が高い事案であるとの協議を済ませ、書類も作成してあります」


 領主が参加するのを家臣連中が何とか諌めようとした騒動まで、わざと起こしたという。目撃者や証言者を作る為に。

 『たまたま』を装う為の準備も万端ってことか……凄えな。


「それに、我が領からの行方不明冒険者の犠牲が明らかになり、ましてや『リビングデッド』化されていたなど、一地方領に留まらず国をも揺るがす事態だと判断できます」


 それを踏まえて――。


「たまたまいた貴族が、他の貴族領であれ現場を確認し国に報告することで、現場の領主、つまりロウブロー領だけの内政問題にされることを防ぐことが出来るのです」

「お、おう……」


 話が難しくてよく分かんなかったけど、それを察したマリアが噛み砕いて教えてくれる。

 貴族が自分の領地の中で好き勝手に酷えことしてるのを、国のもっと偉い人に出張ってもらって懲らしめられる――って。

 もちろん、相手の方はそれを止めようとしたり、言い逃れしようと悪あがきしてくるだろうけど、っても言ってた。


 ようやく俺が話の内容を呑み込んだところで、ベルクが「では、頼みましたぞ」とこの場を離れようとする。


「えっ? ベルナールには言わなくていいのか?」

「はい。レオ殿やマリア嬢のことを信用しておりますからな」

「信用って……。それに、何処に行くんだ? 領主様のところか?」

「いいえ。私はもう一度イントリに戻って、ロウブローの動きを探ります。奴ならば、必ず策を弄して来るはずですからな。時間が惜しいのです」


 そうか、奴はイントリや周りの集落の男と冒険者を賦役ふえきで集めていた。城の工事の他に、兵役みたいに郊外で訓練させられてるって、おっさんも言ってたな。

 俺が必ずベルナールに伝えると約束すると、ベルクはまた姿を消して気配も薄めて、去って行った。

 去り際に、「レオ殿達がロウブローの企てをここで叩き潰して下さったのは望外の成果でしたが、まだまだ何をしてくるか分かりません。くれぐれも油断召されるな」と言い残して。


 その言葉に、マリアと目を見合わせて唾を呑み込むと――。


「はぁっ? まさかお前らだけでヤセノとギススを仕留めたのか?」


 民家の陰から、大剣を肩に担いだベルナールが出てきた。

 妙にスッキリした表情をしてやがる。

 それがしゃくで、俺は嫌味ったらしく言い返す。


「おっさんの方こそ、遅過ぎじゃねえか?」

「おっ? 悪りい悪りい、ガエル(のリビングデッド)と剣を合わせたら、それなりに強くてよぉ……。途中で野郎の剣が折れちまったけど、楽しくて終わらせるのが惜しくなっちまって、俺も拳で戦ったんだ。いい運動になったぜ、ガハハハ」

「おいおい……」


 頭を掻きながら豪快に笑うベルナールに、俺だけじゃなくマリアも呆れてしまった。

 それに、こっちはでぶ双子だけじゃなかったって文句が口を衝いて出そうになったけど、今はそれどころじゃない。


 おっさんに、ここにベルクが来て“これからの流れ”を頼まれたことを伝える。


「――ってことだからよ、おっさんの方が話が通じるのが早いらしいから、行ってくれるか?」

「そういうこったろうと思ってた。任せろ!」


 今は、もう夕方になりかけ。

 完全に暗くなる前に警備隊の所に着きたいと、ベルナールが裏門に走って行った。

 俺とマリアに、ここの証拠保全の仕事をブン投げて、「朝までには戻る」って言い残して。


「証拠保全って……。俺らにこの臭せえ中でひと晩過ごせってことか?」

「えぇ……」


 周りを見渡せば、井戸周辺から裏門にかけて、そして裏門を抜けたトコにも亡き骸が転がっている……。

 そこに、マリアが俺の肘を指で突いてくる。


「レオ。……出ないよね?」

「ん、何が?」

「……お化け」

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