7.帝国崩壊


 ボスから――帝国から、マリアを守る為、俺は屋敷に飛び込んだ。

 まともにやり合っても敵わず、ボスからも俺を殺せって命令まで出た。


 俺は手下どもになぶられながらも、なんとしてもあらがってやると無我夢中で壺を壊して駄スキルを取り込んでいく。

 すると、俺の頭にスキルの進化や獲得・昇華を告げる声が。


 そして今も。


 ――スキル結晶の取り込みが五千に達しました。【スキル譲渡】を獲得しました。


 瞬間回復に昇華?! それに今、譲渡って?!

 もしかして、これがあればマリアに……?


 まだ結晶はいっぱい転がってるけど……よし、少しでも早くマリアを助けに行くっ!

 俺は【ぶちかまし】や【突撃】スキルを使って、俺の周りに群がっている手下どもを弾き飛ばし、邪魔者を踏みつけつつも、バランスを崩すこと無く入り口に突撃して外へ。


 飛ぶように外へ出て、数段の階段を転がり下った先で着地。

 すぐに顔を上げて周囲を確認する。


 元々、手下どもは屋敷の中に集まっていたし、俺が壁をぶち壊したボロ小屋からも誰も出てきていない。静かなもんだ。


「や、やめてぇ、離してっ!!」


 そこにマリアの切羽詰まった叫び声が響き、俺はすぐに声の方向に目をやる。


「うるせえ! ヘビに首を千切られる前に、さっさと脱げ! 金になんねえだろうがっ」


 ボスに抵抗するマリアは、肩を押さえて苦しそうだけど、まだ遠くに行ってないし胸の布も剥ぎ取られてなかった!

 良かった……。


 俺はダッシュで二人に向かう。


 ボスは泥濘ぬかるみに足をとられてるのに、走ってる俺は滑りさえしない。スゲえ! すぐに追いつけるぞ。


 そのボスはマリアに係りっきりで俺の接近に気付いてなかったけど、彼女の「レオ!」と助けを求める声で、俺に気付いて顔を向けてきた。


「あん? ――うおっ! と、止まれー!」


 ボスは慌ててマリアを片手で抱え、空いた腕を俺に向かって突き出して制止しようとする。


 命令で止めようとしても、もう遅い!

 俺はもう、お前のすぐ側まで迫ってるんだからよぉっ!

 ヘビも……俺の首を咬むなら咬みやがれ!


 俺は【自在制御】で思う以上に動けるようになった身体で、俺に向けられたボスの腕の手首を素早く取って引く。

 ボスはバランスを崩し、俺の目の前には無防備な肘。


「くらえ! 【破砕噛】――は・さい・ごーう――!」


 一発だった。

 噛みついたのはヘビじゃなく……俺、ボスの肘をひと噛み。

 肘を関節もろとも噛み切り、腕が真っ二つになった。


 俺は勢い余って地面に転がったけど、すぐに体勢を立て直し、口の中にある骨をペッと吐き出す。

 口の中が血の味でいっぱいだ。


 ボスは腕を失った痛みで地面をのたうち回っている。


「ふー! ふぅーっ! フウー!」


 俺は興奮状態で、今度は喉を噛み殺してやろうと、転げ回るボスに飛び掛かる体勢をとる。

 そこに――。


「れ、レオ! だめっ! こ、殺しちゃったらダメェー!!」


 マリアの叫ぶ声が、俺を我に返した。


「ボスを殺しちゃったら、“同じ”になっちゃう! レオが悪人にされちゃうのは嫌なの」


 感情に流されて一線を超えるところだった……。

 思い出した。俺が飛び出したのは、こいつを殺す為じゃなかった。

 そう。俺はマリアを守るんだ!


 そして、ボスに目を遣り、考える。

 ボスから一つでも命令を出されたら、また刻印のヘビが暴れてしまう……。


 俺はボスに飛び掛かって、奴の服を裂き、それをボスの口に巻き付けて猿ぐつわの代わりにする。

 そして――。


 跳ねるようにボスから飛び退いて、急いでマリアの元へ。

 肩にいたヘビが彼女の首元にいて、今まさに噛み付かんと口を大きく広げていた。


 俺は痛みに呻くマリアに触れて――。


「【スキル譲渡】! マリアに【瞬間回復】!」

「うううっ……え、何? え、ええ?! い、痛みが……」


 俺は、マリアから一歩離れて様子を窺う。

 ……よし、擦り傷だの強く握られた内出血だのは消えた。


「せ、背中はどうだ?」


 マリアが背中に手を当てて、自分で探ると、すぐに表情が明るくなった。


あとがないみたい! レオ、お願い、確かめて?」


 マリアが俺に背を向けて、布まで捲くり上げて背中を見せてくるけど……ない! 火傷痕も鞭の傷も無い、白くて綺麗な背中だ。


 それを伝えると、マリアは肩も触り「焼き印のヘビがいない! 痕もない――レオにもないよ!」と、喜びと驚きの表情にコロコロ変わる。


「ん? あ、本当だ。もしかして【瞬間回復】かな? そういえば俺も途中から全然痛くなかったもんな……。ん? どうした? マリア!」


 マリアが今度は口元に手を当てて、顔を真っ赤にしている。

 熱でも出たか?

 でも、視線が俺の方を見たまま動かない。俺の……へそ? そうか、シャツが千切られて肌蹴はだけてるからな――ん? もっと下?

 …………。


「ああーっ!! ち、ちがっ! ちち違うんだ! これは……」


 ゴブリンの……【繁殖衝動】。あああ! 進化して【性欲常態化】?! になったんだったあ!

 慌てて手で押さえるけど……どうにもなんないっ!

 何か下半身を隠す物を、と周りをキョロキョロ見回すと、屋敷から追いかけてきていた手下どもが呆然としていた。


「ボスが……」

「俺、見た。い、一撃で腕をやられたぞ」

「アイツ……ヤベエぞ!」

「殺されるっ。俺は死ぬのは御免だ! に、逃げろー!」


 立ち尽くす奴、腰を抜かしている奴、我先にと逃げ出す奴、周囲を窺いつつ逃げ出そうとしている奴。


 俺は知っている。

 ここは柵と深い森に囲まれていて、森には魔物もうろついているから他所者がおいそれとは入ってこない。

 町へ行く為に整えた道は一つだけ。けもの道に偽装した道。

 こいつらも、道を外れて森に入れば命の保証はないから、逃げるなら道を通るしかない!


 ボスの遣り口を見てきたアイツらが逃げたら、またどこかで同じ目に遭う子どもが出るに違いない。

 俺は自分の下半身のことは放っておいて、シャツを脱いでボスの手足を縛り上げてから、逃げ出した手下を追う。


 足の遅い奴は追い越して、先頭を行く奴から捕まえて行く。

 地面に転がして、服を剥ぎ、手足を縛って次に。

 抵抗する奴は腕や脚の肉を噛み千切ってやり、また拘束して次へ移る。


 全員を縛り終えた俺は小屋の封を解いて回り、子どもらに帝国の連中を一つの小屋に詰め込んでくれるように頼む。


 正直、マリアに手を掛けようとしたボスを生かしておくのはしゃくにさわるけど……。

 とりあえず、これで帝国は滅びた。


 ☆

 その後、俺は屋敷に戻り、スキル結晶を全て取り込んだ。

 それから子ども達も女の子も屋敷に集め、帝国の滅亡を告げる。


 詳しい理由も言われずに小屋から出され、訳が分からないまま帝国の連中を小屋に押し込む作業をしていた子ども達の顔が一気に明るくなった。


 ボスを捕らえているから、子ども達に捺されていた焼き印はそのままだけど、ここから出ない限りは何も起きない。

 焼き鏝も見つけたけど……壊せばいいのか、捨てればいいのか、燃やすのか?

 俺たちには解決方法が分からなかった。


「よし、決めた! 明日にでも俺とマリアが町に行って、帝国をぶっ潰したことを伝える。お前らの焼き印も何とかしてくれるように頼むから、心配しないでこの屋敷にいてくれ」


 俺とマリアは、スキルのおかげで焼き印も消えて自由に動けるからな。

 マリアに譲渡した【瞬間回復】を俺が吸収し直して、他の連中に譲渡・吸収を繰り返す手もあるのは知っている。

 でも、俺は一度マリアにあげた物を取り返す気は無い。

 こいつらには悪いけど、町の大人達に任せる。



「よし! 忘れ物は無いか? カネは……持ったな」

「うん。みんなから預かった大事なお金だから、落とさないようにね、レオ?」

「お、おう」


 夜が明けて、ここに来てから初めて安心感に包まれた朝を迎え、俺とマリアは“外”に行く。


 俺たち子どもは昨日のうちに家捜しをして、ボスの悪事の証拠になりそうな物や金を集めておいた。

 町の大人達に引き渡す為だ。

 その中から幾許いくばくかの金を預かって、俺とマリアは町に行く。


「じゃあ、行こうか……マリア」

「う、うん! レオ、頑張ろうね!」

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