6.窮地脱出


 マリクがヤバい!


 俺は焦ったけど、ボスは床でのたうつマリクのことは無視して席を立ち、俺に向かってきた。

 俺が動けないからって、無防備に近付いて来て、しゃがんで俺に目を合わせてくる。

 そして、頬の傷跡をポリポリと掻きながら「さて……」と口を開く。


「よくも俺の城をひっかき回してくれたなあ。んん?」

「……」


 俺が返事をしないので、ボスは溜め息をついて立ち上がり――

 ひざ蹴りで俺を突き上げてから、回し蹴りで腹を思いっきり蹴ってきた。


「ぐぉっ!」


 蹴り飛ばされた俺は、積み上げられた壺に激しくぶつかる。

 壺は何個も崩れて、大きな音を立てて割れ、そこに満たされていた大量のスキル結晶が俺を埋めるようにゴロゴロザラザラと雪崩を起こした。


 大量の結晶に埋もれた俺の耳に、ボスが手下に指示するくぐもった声が届く。


「ちっ! せっかく貯め込んだスキルをばら撒きやがって……もういい。このガキはもう要らねえ。二階で寝てる奴も呼んでコイツを殺して結晶を抜け! そんで、見せしめで外に吊るしておけ!」

「へい」


 殺すだぁ?

 今までクソみてえな飯にクソみてえな寝床だけで散々こき使ってきたくせに?


 何人かがこっちに向かってくる足音の奥に、ボスがマリクを脅しつける声。


「おい、いつまで転がってやがる! 早く布も取っ払って傷痕を見せろや。客が取れるような見た目になってるなら、もっといいモン食わせてマシなとこで寝させてやるってんだ。俺様の相手もできて良いことばかりじゃねえか。早くしろっ」


 ゲス野郎がっ。

 俺を……マリアを……ここに連れてきたのはお前だろ?

 物乞いさせておいて、マリアになんて髪まで売らせて、挙句に客を取らせる?

 ふざけんな!

 それだけはさせねえ!


 マリアを守る!


 止めてやる! 何が何でも足掻いて邪魔してやる!


 結晶の山を掻き分ける荒い音がして、すぐに男のごつい手が俺の足や腕を探り当てて掴んできて、俺は引きずり出されそうになる。


「いいぞ! やれ、やれっ!」


 俺にかかってきてる連中以外の外野から、やいのやいのとはやし立てる声が飛んできている。


 こうなったら……俺を埋め尽くしているスキル結晶、全部取り込んでやる!


 俺は全身をよじり、手足をバタつかせ、全力で抵抗しながらひとつのことを頭の中で繰り返す。


 『取り込む』『取り込む』『取り込む』――――。


 マリアは? ――あっ、無理矢理外に連れて行かれそうになってる!

 俺の身体には割れた壺の破片が刺さってきたり、皮膚が切れたりしてるけど、構ってられるか!


 とにかく取り込め!

 身体に触れているスキル結晶がみるみるうちに形を消していく。


「おい! こいつ、スキルを取りこんでやがる」

「へっ! レベルも上がらねえ駄スキルを必死こいて取り込んでやがるぜぇ」

「スライムにでもなるつもりか? ま、ここにいる限りお前は雑魚魔物以下だけどなあ!」

「ぎゃはは! 違えねぇ」


 俺の形振り構わない行動を、手下どもがせせら笑う。

 でも、その内のひとりがフッと真顔になる。


「でもな、それは『窃盗』っていうんだ。ボスの金を撒き散らしただけじゃなく、ボスの物を勝手に盗みやがって! お前らもいつまでも笑ってんじゃねえっ! るぞ!」

「おう!」


 ひとりに胸倉を掴まれて持ち上げられ、そのまま何発も殴られ、他の奴からも脇腹や背中に拳や蹴りをくらう。

 俺は息も継ぐ暇もなく痛めつけられて、血を吐いてはほんのちょっと空気を吸える感じだ。

 視界が歪んで、耳鳴りが酷くなって、体はもちろん頭もガンガンと痛んで朦朧としてくる。


「へっ! くたばれ!」


 胸倉を掴んでいる男が、トドメとばかりに大きく溜めた一撃を俺の顔面に叩きつけてきて、シャツは千切れ、身体はスキル結晶が散らばる床へ弾き飛ばされた。

 外野が沸く。


 ち、ちょうど……いい!


 『取り込む』『取り込む』『取り込む』――――。


「ちぃ! まだ息がありやがる。舐めやがって……」


 何本もの足が俺を踏み付け、蹴りとばす。

 今度は積み重ねられた壺にブチ当たり、俺に向かって壺が次々と落ちてきて、割れ、また結晶が俺を埋める。


 ……と、『取り込む』『取り込む』『取り込む』――――…………。


 その時。


 ――【攻撃衝動】が貯まりました。【闘争本能】に進化します。


 頭の中に直接響く、感情の無い声。それが何か言っている。

 貯まった? 進化?


 ――【粘体維持】が貯まりました。【軟化・硬化】に進化します。

 ――【姿勢制御】が貯まりました。【自在制御】に進化します。


 また?

 軟化・硬化に、制御?

 よくわからねえけど、なんとなくスキルの効果が頭に浮かんでくる。


 まあいい!

 スキルがあるなら……使ってやる。

 【硬化】っ!

 どうだ? ガチガチじゃないけど硬くなってる気がする。手も指も脚も動く……別に全身が固まるワケじゃないんだな。


 ――【呼【体内…【体あ…吸】が保持】がたり】が……刺…………――――。


 おぅえっ! ぐええええっ!!

 あ、頭が割れそうなくらい声が重なって、情報が流れ込み続けて、何を言ってるのか聞き取れない。

 気持ち悪りい……。


 そんな俺の状況なんか関係無しに、男どもの攻撃は容赦なく続いている。


「痛っ! なんだ? こいつ、ちょっと硬くなりやがったか?」

「ガキの肉の硬さじゃねえぞ!?」


 俺は硬くなった身体で蹴りをしのぎ、割れそうな頭痛にも耐えながら、自分からも動いて届く範囲の壺を叩き割り続ける。


 『取り込む』『取り込む』『取り込む』――――。


 ――【自然回復】が貯まりました。【急速回復】に進化します。

 ――【繁殖衝動】が貯まりました。【性欲常態化】に進化します。


 ――スキル結晶の取り込みが二千に達しました。【スキル吸収】を獲得しました。


 うげっ!? やっとまともに聞こえるようになったと思ったら、変なモンも取り込んでた?! 

 し、仕方ない。形振り構ってられないんだから……。


 でも、殴られても蹴られてもすぐに痛みが治まってきて、逆に余裕が出来てきたくらいだ。

 それに、なんか凄そうな【スキル吸収】を獲得? したし、こうしている間にも聞き取れた限りでは【遠吠え】が【位置掌握】、【忍び足】が【隠匿】、【注視】が【看破】に、とかどんどん進化して、スキルも増えていく。


 あっ、マズイ! マリアが外に……!


 さらに、いつまでも俺が暴れてるからって、これまで外野として悠長に冷やかすだけだった連中まで加わってきた。二階からも次々と下りてきてる。



 『取り込む』『取り込む』『取り込む』――――。


 痛めつけられた体がだいぶ楽になった俺は、床で防御姿勢だったのを解いて、ゆっくりと立ち上がる。

 【自在制御】と【急速回復】のおかげで、蹴りを喰らっても姿勢も痛みもすぐに持ち直す。


 『取り込む』『取り込む』『取り込む』――――。


 ――【急速回復】が習熟しました。【瞬間回復】に昇華・・します。

 ――【体当たり】【突進】【かみつき】etc.が貯まりました。【ぶちかまし】【突撃】【破砕噛はさいごう】etc.に進化します。


 ――スキル結晶の取り込みが五千に達しました。【スキル譲渡】を獲得しました。

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