4.マリクは……
ゴミ処理にもたついて、監視の男から酷く痛めつけられながらも、なんとか仕事を終えた俺とマリク。
小屋へと戻る途中で、お互い泥まみれなことに気付いて、俺はマリクを水場に連れて行こうとする。
「マリクは風邪をひきやすいから、早く泥を落として服も替えねえと! 手伝ってやる、行こう!」
「は、え? ええっ!」
マリクは手を引かれて井戸端に向かう最中にも、踏ん張って「いらない」とか「ひとりでする」とか言ったけど、俺は構わず突き進み井戸端まで連れて行き、マリクのシャツをめくり上げた――。
――ら、マリクは胸に布を巻き付けていた。
「きゃああっ!」
「きゃあ?」
マリクが胸を隠すように腕を組み、俺に背を向けて
一瞬のことだったけど、布が巻かれていた白い肌の胸が膨らみ? 谷間? みたいなのも見えた。
「えっ……?」
でも……。
マリクの背中には、それが吹っ飛ぶようなモンがあった。
月明かりに照らされたマリクの背中の広範囲に、古くなった火傷の
それに古い切り傷や、鞭の傷が突っ張って盛り上がってる痕も……。
「マリク、それ……」
マリクはハッとしたように蹲ったまま、服で顔も胸元も隠して俺に向き直った。
「見ちゃった? ……ご、ごめんね? 変なもの見せて……」
「あ、ち、違う! 悪いのは……俺だ」
俺はなんてことをしたんだ!
思えばここに来てから、俺はどこででも気にせずに服を脱いだりしてたけど、マリクは違ったじゃないか!
なんで理由があるって思わなかったんだ。
俺の無神経で、マリクを余計に傷付けてしまった……。
色んな思いや考えが頭を回るけど、ちゃんと言葉に出来なかった俺は、居た堪れなくなって「服、取ってきてやる! ちょっと待ってろな?」と、逃げるように小屋へ。
でも逃げたら駄目だって思って、小屋からマリクのシャツと拭き布を持って急いで戻る。
「わ、悪りい。余計なことして……」
俺は傷を見ないようにして布と服を渡す。
マリクが着替える間、俺は背を向けて付き添いながら心の中で自分を責めた。
「……レオも……泥を落としな? あ、服、持って来てあげる」
マリクも気まずいのか、俺に自分の使った布を投げて寄越して、小屋に駆けていった。
俺はまた自分を罵りながら、水を何度も頭からかぶり、(ちゃんとマリクに謝らなきゃ)と手荒に頭と体を拭く。
「あれ? もう拭いたの?」
俺の早技に驚いているマリクからシャツを受け取って着ると、俺は決意を実行に移す。
「マリク、ごめん! マリクを傷付けようなんてこれっぽっちも思ってなかったけど……マリクが晒したくなかったモンを暴くみたいなことになって、本当にごめん! 俺に出来ることなら何でもするから許してくれ! 俺……ここでお前に色々教わらなかったら、殺されるかどっかで野垂れ死んでたと思う! だから、俺……マリクに嫌われたら……」
ここに来て出会った時から月日が経っているのに、身長差が開き、体格も違ってきたマリク。
そんな
俯いてとにかくまくし立てるように謝っていると、マリクが「ふふっ」と笑いながら俺に近づき、俺の顔を下から覗き込んできた。
「嫌いになんてならないよ? ……レオ、
「うん」
「あ、それと……わたしの本当の名前はマリアなの。――――」
マリアは商家の一人娘だったそう。
なかなか子宝に恵まれなかったところに生まれたマリアは、たいそう大切に育てられたそうだけど、数年で母親が亡くなってしまってから様子が一変したという。
母親のいなくなった屋敷に長年父親の愛人だった女とその間の子である息子と娘が入ってきて、その継母となった愛人とマリアよりも年上だった息子と娘によって、彼女は邪険に扱われるようになったらしい。
商家ゆえに父親が留守にしがちなのをいいことに、イビリが始まり、とうとう暴力に走り、それが鞭や棒で殴り熱湯を浴びせることにまでエスカレートしたという。
許せねえ!
更にマリアを父親から遠ざけ、逆に数年かけて自作自演の嫌がらせ被害を父親に吹き込み、元々の“スキル無し”も相まって、父親はマリアの姿を見ること無く商人らしく金に換えたそうだ。
相手は、【隷従】持ちの奴隷商。ボスが殺した奴隷商。
そう。マリアは、実父から売られたその日に、更に“帝国”に奪われたんだ。
虐待の痕を見たボスは「客を取らせられねえじゃねえか」と舌打ちし、傷が目立たなくなるまでは男として扱う、せめて貴重な金髪が売れるように伸ばせって言われたそう。
「なんなんだよ! マリアの父親も女もそのガキも……ボスも!」
「怒ってくれてありがとう。でも、レオもここにいる子も、みんな似たような境遇だと思う。女の子なんて……きっと今の私以上に辛いと思うし……」
さっき手下からブン殴られ、俺に秘密を見られたってのに、マリアは自分はマシだなんて言う……。
俺は、他の奴とはあまり関わらないようにしてるから知らねえけど、マリアがマシなんてことはねえと思う。
それを口にしても、何も変わらないけど。
でも! ひとつだけ決めた。
「冷えてきたな……。風邪ひいちまうぞ、小屋に戻ろう
「う、うん!」
差し出した俺の手を、マリアは握り返し、手をつないだまま二人で小屋に戻る。
何があろうと、マリク(マリア)を守る。
俺の世界に色を付けてくれたマリアを守る!
☆
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