3.従うしかない呪縛
“帝国”では早朝から畑仕事をさせられ、少しでも休もうものなら監視の鞭や蹴りが飛んでくる。
物乞いでも、アガリが少なきゃ殴られ、時には荒くれ冒険者に絡まれたりアガリを奪われそうになったりもする。
街の人間に絡まれると、巡回・監視している“帝国”の奴が助けてくれたりするけど、「手間掛けさせやがって!」とブン殴られるんで、俺たちにとっては暴力を振るってくる相手が変わるだけだ。
小屋に戻ってからも、急に“ゴミ”捨てに駆り出されたりもする。大人が掘った穴まで、重い“ゴミ”を運んで埋めるのが仕事。俺たちが掘れば浅くなるからって、大人が深く掘る。埋めるのだって結構キツイ。
『こんな生活やってられねえ……逃げよう。物乞いの時に“帝国”の外に出られるんだし……』
ここに来て一週間くらいで、理不尽な暴力に耐えかね、小屋の寝床でマリクに囁いたことがある。
☆
「……レオ、それは無理だよ」
「なんでだ? ここじゃ無理でも、街でなら……それこそ冒険者ギルドにでも駆け込めば?」
「僕たちの肩には焼き印が押されてるでしょ?」
「ああ。それが?」
「あれは、ボスのスキル【隷従】が込められた焼きごてで押されているんだ」
【隷従】はレアスキルで、ボスが奴隷商を殺して奪ったらしく、効果はボス本人の命令“ひとつ”と、その手下の指示“ひとつ”に従わせる効果がある。
俺たちは、ボスからは最初に『逃げるな』と命令され、手下からはその都度『~しろ』とかって指示される。
手下たちが俺らを見張るのは、誰かに助けを求めないか、ちょろまかしが無いかの監視だそうだ。
俺たちは焼き印と監視と暴力の合わせ技で、従わされているってことだな。
「マリク、もしそれに逆らったら?」
「焼き印のヘビが動いて首を食い千切るんだ」
「うっ……マジで?」
「何人か見たことがある」
「……」
☆
――ってことで、焼き印と監視と暴力の合わせ技で逃れられない忍耐の日々が、もう三年以上続いている。
たとえ体の小さいマリクが寒い季節に入って体調を崩しても、日課の畑仕事も物乞いも手を抜くことは許されない。
「ゴホッ、ゲホッ!」
「大丈夫か、マリク?」
「おいガキッ! なにチンタラしてやがる! 働けぇ!」
「っうぐ!」
咳き込んで作業が止まってしまったマリクの背中に、監視役の鞭が容赦なく打ち据えられた。
「お、おい! 俺が二人分働くから! 少しだけ休ませてやってくれ」
「ぁあん? なんだぁテメエ? カンケーねえ奴は黙って働いてろや!」
「ぐっ! ぐわっ!」
マリクを
けど、俺は耐えてマリクの分まで働いてやる!
マリクが打たれそうになったら盾になるんだ!
マリクを守るんだ!
俺がそう思うようになったのは、マリクが俺に名前をくれ、ここでの生き方を教えてくれたから……ってのもあるけど、とある二つの事件を通してマリクの秘密と過去を知ったから。
☆事件①マリクの髪
二年前、俺が来てから一年ちょいの頃。
ある日、マリクが物乞いを免除されてどこかに連れ去られた。
戻ってきたマリクには、長い金髪が……無かった。
「マリク! どうしたんだその髪?!」
「えへへ……似合ってる?」
マリクはボサボサの頭を掻きながら、でも悲しみを隠すように、泣き腫らした顔を無理に笑って聞き返してくる。
「似合ってる? じゃねえっ! 誰にやられたんだ!? どうして……」
「えへへ……こうなることは分かってたんだけどね……ちょっと悲しいね」
マリクがぽつぽつと語る。
ここら辺で金髪は珍しいらしく、かつら用として高く売れるんだとか。
“帝国”に連れて来られた時からの決まりだったし、髪に関しては、マリクだけ別の場所で洗髪料や油を使うことにしていたらしい。
で、今日がとうとう売る日で、切った後の不揃いな髪を整えるにもカネが掛かるからって、そのままここに戻って来たらしい。
「それにしてもこんなボサボサで帰すことねえだろっ!」
俺がマリクに代わって怒りを吐くと、マリクは「ありがと、レオ」と、少し気を持ち直してくれた。
☆事件②マリクの傷と……
そして、髪の毛事件からまた一年近く経ったある日。髪が肩口あたりまで伸びたマリクがひっそりと一〇歳の誕生日を迎えた頃。
俺とマリクは、“ゴミ”の埋め立てをさせられた。
雨上がりに加えて夕闇で足許が
「いつまでトロトロしてやがるっ! とっとと運びやがれ!」
運んでいる“ゴミ”は大儲けの仕事だったらしく、ボスたちは普段よりも良い酒で酒盛りを始めていた。
監視をやらされているこの男にとっては、早く終わらせて酒盛りしたいのに、俺とマリクは運ぶのにさえ苦労しているもんだから、イライラが爆発したらしい。
「なら、アンタも手伝えばいいだろ……」
「ああんっ?! なんだテメエその口の利き方!」
小声で愚痴ったつもりが聞こえてしまったらしく、激怒した男にいつも以上に激しく殴られ、蹴られながら“穴”に連れて行かれ、今にも突き落とされそうになる。
「すみません! 僕からも後で言って聞かせますから、今回はお許しください!」
男と俺の間に、マリクが腕を広げながら割って入ってきた。
でも、それも気に障った男は、「うるせえ! 指図すんなっ」とマリクを平手打ち。
マリクは吹っ飛ばされて水たまりに転がる。
「すみませんでした! 旦那が酒盛りに間に合うように二人で頑張りますからっ。どうかお許しください!」
さらにマリクに襲いかかろうとする男に、俺はマリクにこれ以上痛い思いはさせられないと、頭を泥に擦り付けながら必死に謝ってその場を治めて、がむしゃらに仕事を終える。
「――ん?! マリク……お前」
お互いヘトヘトで黙って小屋に帰っていて、ふとマリクの顔を見ると口元が青く腫れていた。驚いて思わずマリクの顔を両手でつかんで覗き込む。
「口の中、切ったのか? 大丈夫か?!」
「ふぇ? だ、だだだひひょうびゅだよっ!!」
マリクも驚いたのか、俺から逃げるように
「わりぃ、痛かったか? ……俺のせいで痛え思いさせちまって……」
「う、ううん。僕の方こそ、力が無くていつもレオに助けてもらってるんだ。あんなことくらいしか出来なくてごめんね」
俺は、起こしてやりながら、他にもどこか痛めてやしないかとマリクの身体を見回す。
それにしても――。
「へへ、お互いドロドロになっちまったな?」
「ふふっ、そうだね!」
「そうだ! マリクは風邪をひきやすいから、早く泥を落として服も替えねえと! 手伝ってやる、行こう!」
「は、え? ええっ!」
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