第16話 川屋勉とスクリーン

 俺はハッと目覚めた。映画館の客席で寝落ちしていたようだ。シネコンのシートは座り心地がよいから、安らかな眠りに誘われてしまう。

 スクリーンでは、映画がまだ上映されていた。

 そうだ、トイレに行かなくては。俺は通路に出て、ドアへやってきた。開かない。貼り紙があった。

 『途中入退場、お断り』

 入場だけでなく、退場までも途中ではダメなのか? 何の意味がある? ロックがかかっていて、ビクともしない。俺は仕方なく、スクリーンへ振り返った。


 洋式便器が炎に包まれていた。制服女子高生がガスバーナーを手に、まるで火炎放射器を発射するかのごとく向けていた。それでも便器はくたばらず、火だるまになって制服女子高生へ突進していった。

 彼女は今度は工事用のドリルを手にした。

「よく聞きなさい。アンタらは汚物を食らうから、トイレなのよ。そうでなきゃ、この世に存在している意味はないの!」


 俺は腹を押さえた。よりによって、何て映画だ。いったん静まりかけていた便意が急上昇してくる。行けないと分かると、まずますしたくなるのだ。

「クソッ! こんな時に……」

 再び外へ出ようと試みたが、開かないものは開かない。

 俺はスクリーン前までやってくると、噛みついている便器VSドリルで便器の体を破壊している制服女子高生のバトルシーンをさえぎって、映写室へ向かって両手を大きく振った。今の時代、プロジェクター上映だから、映写技師なんていないのかもしれないけれど。

「上映を中止してくれ! お願いだ!」

 客席がざわついた。

「おい、どけよ!」

「邪魔だ! 見えねえぞ!」

 野次が飛んできたが、俺は続けた。

「頼む! ちょっと中断するだけでいいんだ!」

「うるせえよッ!」

「引っ込め、引っ込め!」

 物が次々と飛んできて、俺は必死に避けた。すると、客席内にいたひと固まりの男たちが身を乗り出した

「アニキッ! あいつはさっきの……」

 公園の公衆便所にいたヤクザたちじゃないか。アニキと呼ばれたおっさんのカツラは、まだ濡れて、水滴が落ちていた。

「あの野郎……」

 アニキはいきなり拳銃を抜き、ブッ放してきた。子分たちも同様にバンバン撃ちまくる。弾は俺をかすめ、銀幕の至るところに穴が開いていった。

 俺は命からがら舞台袖に逃げ、わずかな隙間があることに気づいて、もぐり込んだ。


 穴の開いたスクリーンでは、依然として制服女子高生と便器の壮絶な死闘が続いていた。その二人がもつれ合って、屋上のフェンスを突き破り、ともに落ちかけた。

 だが、制服女子高生はフェンスにしがみつき、渾身の力を込めて、便器を蹴りつけた。

 便器は宙を落下し、地面に激しくブチ当たると、粉々に砕け散った。

「お行儀の悪い子ね。トイレならトイレらしく、おとなしくしてなさい」


                (続く)

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