騒のたまご
一足先に町に着くと、夜も更けたというのに娘たちの安否を心配する人たちが広場に集まっていた。
ローズの遣いも娘たちもまだ到着していないから、僕とお師匠さまで事情をかいつまんで説明する。
「それじゃあ、うちの子たちは歌に釣られてついて行っちまったって言うんですかい?」
「そうなるね。詳しいことは娘たちが帰って来てから、隣国の姫の使者が説明してくれるよ」
使者の説明と齟齬が生じても困るので詳細はなるべくぼかして、娘たちは元気で無傷であること、もうすぐ戻ることを伝える。
安心したような空気の中にも、まだ納得がいかないような視線が入り混じる。
するとマイノが母親の元を離れて僕とお師匠さまに近づいてきた。
「魔女さま、ほんとのところはどうなんですか?」
「うん……色々あったのよ。長くなるからここじゃないところで話しましょう」
「おお」
声を潜めて会話するうち、町の入り口から歓声が聞こえて来た。娘たちが帰って来たらしい。
大きな黒い狼に先導された少女たちが、後ろを赤いマントの大男に守られて近づいてくる。親たちは口々に娘の名を呼びながら走り寄った。抱き合って再会を喜ぶ姿に僕もホッとする。
隣国の王家の遣いは、騒ぎの発端は城の保管庫にあった呪いのかかった楽器が「誤って」持ち出され、お抱えの吟遊詩人が「うっかり」使ってしまったことにある、と説明した。迷惑をかけたお詫びとして十分な補償をする、と締めくくった。
ローズが悪い訳ではないのは知っている。でも、連れ去りの犯人を差し出せと言われても困るから、今までの事件も呪いの道具のせいにしたのだろう。被害者の記憶がないのも「呪い」で押し通すことにしたらしい。
マイノもフローリアを抱き締めて頭を撫でている。普段のやんちゃぶりからは想像できないけど、マイノは本当にいいお兄さんだ。
フローリアはふと顔を上げると、何かを探すように辺りを見回した。そして物陰に隠れるように蹲っていたディルを見つけ、嬉しそうに駆け寄った。
「ディルさんも、ありがとう。目が覚めたら知らないところで心細かったけど、ディルさんが来てくれて良かった」
「あ……ああ」
ディルの返事の覚束ないことと言ったら……もう少し気の利いたこと言えないのかな。
それでもフローリアはにっこり笑って彼の黒い鼻面を撫で、そこに小さなキスを落とした。
「@☆×%&!?」
ディルは意味不明の言葉を発してのけぞったかと思うと、見る間にその体の輪郭を変え始めた。わわ、まずい。動揺して変身し始めてる!
「ちょっと待ってディル!!」
「きゃああああああああああ!!!!」
カカカッ!カン!カン!カン!
フローリアの悲鳴が響き渡ると同時に、どこからか飛んできた数本のナイフが赤い布ごとディルの体を建物の壁に縫い付ける。
慌ててナイフの飛んできた方向を見ると、ジャンゴさんがニヤニヤしながら立っていた。
「修行が足んねえな、坊主」
「ジャ、ジャンゴさん……」
ディルは真っ赤になって赤い布、つまりジャンゴさんのマントに包まっていた。壁に縫い付けられて身動き取れない状態だから、この場から逃げようにも逃げられない。
フローリアの悲鳴で集まって来た人々は、珍妙な格好で壁に張り付くマントだけの大男と、真っ赤になって震える娘の姿を見て笑い出した。
「フローリア、その、すまない。こんなつもりじゃ……」
「……ディ、ディ、ディルさんの、ばかーーー!!!」
涙目になったフローリアは、ディルの頬を思い切り平手打ちして走り去った。
完全に八つ当たりだと思うけど……ディルがちょっと気の毒。
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