英のたまご

「レピ様、ですね?」


 迎え出た兵士の一人に問われ、僕は頷いた。先に着いたお師匠さまが言っておいてくれたのだろう。それに姫の故郷では僕は割と有名 (獣)人だ。

 悪い魔女から国を救った英雄の扱いらしい。お師匠さまを助けたかっただけで、そんなつもりは全然なかったのに。


 兵士が僕の傍らに立つディルをチラチラ見ていたので、服を借りられないか訊いてみる。人型になれば彼もきっと英雄の扱いを受けられるだろう。


「いえ、先を急ぐので今はこのままで」


 いきなり人語を話した狼に、兵士たちがどよめく。獣姿の彼を見るのは初めてなのかな?


「ああ、彼はディルだよ。今はこの姿だけど。本人もこう言ってるので服は後でお願いします」


 僕が頭を下げると、潜めた声が静かな興奮を宿して川面のさざなみのように広がっていく。「すげえ」はまだいいとして「炎の剣士だ」「紅蓮ぐれん黒狼こくろうだ」とか、ちょっとおかしな二つ名が聞こえる。

 さすがディル、おとこにモテる。炎の魔法と剣を組み合わせた彼の剣技は確かにかっこいいもんね。


「ロードピス殿下と魔女様は奥の船室にいらっしゃいます」

「ありがとう」


 案内役の兵士に礼を言うと、僕とディルは熱気あふれる男たちの間を進み、奥の船室へと向かった。


◇◇◇◇◇


「遅かったじゃない、レピ」


 開けられた扉の内側には、なんとも気の抜ける光景が広がっていた。

 二人掛けの長いソファにゆったり身を預けたローズと、向かいにはお師匠さま。2人ともお茶を飲みながらお菓子をつまみ、まるで優雅なお茶会だ。 


 あれだけの騒ぎを起こしておいて、なにのんびりお茶なんか飲んでるんだろう。巻き込まれた身としては少し、いや、かなり腹立たしい。

 僕は背後からついて来たディルに道を開けながらむっつり答えた。


「途中でディルと会って一緒に連れて来た」

「あら、ディル、お久しぶりね。結婚式以来かしら?」

「お久しぶりです。ロードピス殿下」

「ローズでいいわよ」

 

 姫は狼の姿に臆することもなく鷹揚に笑う。

 続く奥の間には、毛足の長い絨毯の上に座り、身を寄せながらお菓子を食べておしゃべりに興ずる娘たちと、一人離れたところに座る吟遊詩人の姿が見えた。


 ディルはこちらに気付いた彼と目が合って低く唸り声を上げたが、誰も傷つけない約束をしていたのを思い出したようだ。よしよし、いい子だ。思わず頭を撫でてしまったけど、まったく気づいてない。

 今度はフローリアのことが気になるようで奥ばかり見ている。そんなに気になるなら行って来ればいいのに。その為にここまで必死で走って来たんでしょ?

 

「それで?どうしてみんなで船に乗ったの?」

「そのことなんだけど……彼をこちらに呼びましょう。直接話した方が早いわ」


 ローズは軽く手を振って、先ほどからこっちを気にしている吟遊詩人を呼び寄せた。

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