裸のたまご

 いったん地上に降りて、河岸の丈高い葦の間で服をまとう。

 お師匠さまが置いていった二枚貝を開き、黄金の鳥の背に乗ろうとすると、近くで草を踏み分ける足音が聞こえた。


 ハアハアと荒い息遣いは大型の獣のようだ。襲われるのも面倒なのですぐ飛び立とう。

 だが思ったより素早く僕に近づいた大きな獣は、荒い呼吸もそのままにぱっくりと口を開けた。


「レピ様!」


 獣の姿で言葉を操り、僕をそう呼ぶのはレイとディルしかいない。


「……ディル?」

「俺も乗せてください!」


 もう追いついたんだ。元々身体能力の高いディルは普通の狼とも違うから、脚も速いだろうけど。河岸に残った匂いから推測して船を追ったにしても速すぎるくらいに速い。


「いいけど……2人で乗って大丈夫かな。せめて人型になれない?」

「それが……慌てたので服を忘れてきて……」

「……そうだったね」


 ディルはあの時すべて放り出して獣化したから人型になったら素っ裸だ。姫やお師匠さま、娘たちもいるのに全裸の男が現れたら別の意味で騒ぎになるよね。

 一緒に行くにしても当分このままでいてもらうしかない。服は船にいた兵士にでも借りればいいだろう。


 そういえば初めて僕が獣化して戻った時、丸裸でお師匠さまを抱き締めてしまったことを思い出して顔が熱くなった。気の利くレイがすぐにマントを羽織らせてくれたけど、ちょっと失敗だったなと今でも気に掛かっている。

 もしかしてあれが原因でまともに告白を聞いてもらえなかったのかな……。


 この場に関係ないことをぐるぐる考えていると、獣姿のディルが鼻づらで僕の足をぐいぐい押してくる。


「俺の背に跨っていただければ幅は取りません。お願いします!」

「分かったよ」


 必死だなあ。僕は諦めて黒鉄くろがねの毛並みを持つ大きな狼の背に跨った。ああ、こんな姿あんまり人に見られたくない。

 おとぎ話でも王子の乗り物の定番と言えば白馬なのに。それが狼の背に跨ってさらに金色の鳥に乗って飛ぶんだよ?すごく嫌だ。日頃の行いが良くなかったんだろうか。


「レピ様?」

「あ、ごめん。今飛ぶよ」


 ディルの不審そうな声に促され、僕は金の鳥に飛び立つように命じた。全裸男と一緒に乗るよりはましだろう。

 僕とディルの体重を乗せて、少しぐらつきながらも鳥はふわりと宙に浮きあがる。うん、いけそう。


 思いのほか速いスピードで飛ぶ鳥の上で、まだ息の荒い狼に話しかける。 


「ディル、最初に言っとくけど、姫や娘たちは心配ないよ。船に着いても誰か襲ったりしないでね」

「そうなのですか?」

「せめてもう少し話を聞いてから行こう?そういうところ良くないと思うよ」

「申し訳ございません」


 多分、人型だったら平伏していたであろうディルは、頭を鳥の背に伏せて哀しげな鳴き声を漏らす。まるで飼い主に叱られた子犬のような姿は憐れみを誘うが……あれ?もしかして飼い主って僕?


 確かに最初からあるじ認定はされてるけど、それも嫌だなあ。

 僕はそれ以上何か言うのがはばかられて、黙って彼の毛並みを撫でた。体毛の外側は少し硬めで、首の辺りはふわふわで柔らかい。

 毛皮を持つ獣人は人気があるらしいけど、なんか分かる気がする。


 そうこうするうちに鳥は船に追いつき、僕とディルは静かに甲板の上に降り立った。

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