福澤諭吉の娘婿と同姓同名の配信者
はゆ
プロローグ
二〇二〇年。
高校の卒業式は、感染症が蔓延したため中止となった。卒業旅行にも行けないまま、入学式の日を迎えるのか――落胆していたところ、追い討ちをかけるように、入学式中止の通知が届く。
有るのは、姓が
(父よ、息子に婿入後の名を付けるのは、どうかと思うぞ)
いつか問いただしてやろうと思っていた矢先、その機会が訪れることは無くなった。父は先月感染症にかかり、ぽっくり逝った。
家庭内に濃厚接触者は居ない。家族は全員、濃厚接触どころか接触すらしていなかった。
父は、仕事が忙しいとか、ゴルフに行くやらで、家にはほとんど居なかった。仕事関係で感染してしまったのだろうと思っていた。
ところが保健所職員によると、父は風俗店で発生したクラスターの一員だそうだ。顔を合わせれば偉そうにしていた父だが、こんな最期を迎えたのでは、威厳もへったくれも無い。
遺品整理中、問い詰めたくなる物が、次から次へと出てきた。母が見たら発狂するだろうことが容易に想像出来る。
桃介は、開放していた扉を閉め、内側から施錠する。よくもまあこんなに溜め込んだものだ。
乳――いや父のことを語り始めたら、止まらなくなりそうだ。桃介の話に移るとしよう。
入学から一ヶ月が経過。
念願の一人暮らしを始めた。楽しみにしていた、キャンパスライフを満喫出来る――喜んでいた矢先、学内で新規感染者が続々と確認された。
サークルや部活動等の課外活動は、対面活動禁止、飲み会禁止、合宿禁止。当然、新歓イベントも無い。
講義はオンラインに移行。リアルタイムでの講義は原則不可となった。好きなタイミングで受講出来るようになった点は、メリットともいえるが、コミュニケーションを取る機会を喪失したデメリットが遥かに大きい。
ようやく見付けたバイト先は、クラスターが発生し休業――人との接点が完全に絶たれた。ありとあらゆる機会が、消失していく。
知事や政治家、専門家が、不要不急の外出を控えるよう訴えている。
桃介は、買い物をネットショップで完結させるようにした。結果、ゴミ捨て以外の外出を無くすことは出来た。
でも、ずっと部屋に閉じこもっていると気が滅入る。狭い箱の中で、ただ呼吸して、生きているだけ。それは人間としてどうなのか。人と接触したい――。
オンライン講義に移行したのは、友人を作る前。だから大学に知り合いは居ない。
高校時代の友人とは、文字でのやりとりをたまにする程度で、疎遠になっている。
電話を掛けるにしても、話すことが無い。
話し相手を求め、ライブ配信を始めてみることにした。応答は文字列だが、中身は人間。刺激が全く無いよりは、幾分か良いだろう。
問題は、見せたいものがあるわけではなく、他人より秀でる特技や魅力も無いこと。出来ることは、テーマや主張の無い独り言をひたすら垂れ流すことくらい。同様の、無個性で無益な配信は、ごまんとある。はっきり言って、見る価値は無い。
物は試しと、配信を始めてみた。
案の定、誰も来ない――何度配信してもコメントは付かない。平時であれば、文字列の反応すら得られない状況に萎え、モチベーションを保つことが出来なくなるだろう。だが、今の桃介はモチベーションという、贅沢なものを持ち合わせてはいない。他にすることが無く、生きる理由すら無くしてしまったのだから、惰性であろうと続けるしかない。
何回配信しても、チャンネル登録者数は増えない。
誰一人登録していない、桃介のチャンネル。関心を持たれないのは当然だろう。もしも配信内容が、興味をそそられる内容ならば、また見たいと思った誰かが、登録しているはずだ。
高校時代の友人にサクラを頼んだ。結果、チャンネル登録者数は、桃介を含め三人になった。少ないことに変わりはないが、誰も居ないよりは断然良い。とはいえ、この二人は配信を見たくて登録しているのではない。
配信を見ていないのだから、当然、コメントは全く付かない。それでも、配信を続けるしかない――詰んだという表現が相応しい状況。
初めてのコメント。
「俺がぼっちだとでも言いたいのか」
「で、俺に相談したいと?」
友達作りについて話す配信を終えた後、チャンネル登録者が一人増えていた。先程の相談者が、登録してくれたのだろう。また来ることがあるかわからないが、人数が増えたことは有難い。
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