根無し草

交際

　紗良（さら）の風貌（ふうぼう）は、金髪碧眼（きんぱつへきがん）。整った目鼻立ちで、一般的な北欧的（ほくおうてき）な外見。

　物心（ものごころ）が付く前から孤児院（こじいん）に居た。だから、出自（しゅつじ）は不明。パパから、転居するたびに渡される、身分証に記される国籍は様々。だけれど、特筆（とくひつ）する個性（こせい）が無いため、何処（どこ）を出身国（しゅっしんこく）と示そうと、怪（あや）しまれたことは無い。

　紗良（さら）自身は、容姿（ようし）を普通と認識しているけれど、男性から好（この）まれやすい見目（みめ）のよう。どこへ移っても、挨拶するかのように、頻繁（ひんぱん）に交際（こうさい）を申（もう）し込まれる。

　ただ、紗良（さら）の身元を示す情報は出鱈目（でたらめ）。心は荒（すさ）んでいる。更に、家庭の事情で、前触（まえぶ）れなく居なくなる――どれだけ探しても、他者より優位な点を一つも見付けられない。

　それでも敢（あ）えて紗良（さら）を選ぶというのならば、紗良（さら）が自己嫌悪（じこけんお）に陥（おちい）らないよう、納得出来る理由を明示して欲しいと望む。

『What（ワッ） do（ドゥ） you（ユー） want to（ワントゥ） do（ドゥー） if（イフ） you（ユー） become（ビカン） my（マイ） lover（ラバー）?』

　交際（こうさい）して、貴方（あなた）はどうしたい？　交際を申し込んできた人に、紗良（さら）が〝必（かなら）ず問（と）う〟台詞。

　不思議なことに、この台詞を返されたら、諦めるしかない『断（ことわ）り文句（もんく）』と、吹聴（ふいちょう）されている。この台詞を聞いた人は誰一人として、交際（こうさい）に至（いた）れた実績（じっせき）が無い。それを根拠（こんきょ）として、まことしやかに囁（ささや）かれている噂（うわさ）。

　噂話には、多少の語弊（ごへい）がある。けれど、紗良（さら）は敢（あ）えて否定せず放置（ほうち）している。デマを信じる人からの接触を、排除出来るメリットが大きいからだ。

　まず、この問いは、断り文句ではない。

　相手が言葉にする願望が、物理的（ぶつりてき）に可能なことであれば、拒絶しないどころか、受け入れるために待ってあげる。

　実現可能なこと――例えば『キスしたい』と返答されたなら、物理的（ぶつりてき）に可能だから、紗良（さら）は検討（けんとう）を開始（かいし）する。

　相手の黒目に照準（しょうじゅん）を合わせ「で？」と返す。言葉だけでは、決心するには至れない。だからその先、有言実行（ゆうげんじっこう）を求める。

　一分程待っても、相手が行動に移さない場合「残念」と告げ、検討を終了する。恵まれた環境にあるにもかかわらず、すぐに叶えようとしないのならば、それは怠慢（たいまん）だ。

　この一連の行為は、交際経験が無い紗良（さら）にとって、覚悟を決めるための大切な通過儀礼（つうかぎれい）。

　依存心（いぞんしん）の強い紗良（さら）が、中途半端な関係を築けば、離れた後に収拾（しゅうしゅう）がつかなくなる。紗良（さら）のメンタルは、確実に崩壊（ほうかい）する――崩壊（ほうかい）した結果が現状。

　ぐちゃぐちゃになってでも、離れた後も繋（つな）がっていたいと思えるような、答えを返してくれることを期待して尋（たず）ねている。

　紗良（さら）が申し出を受けるか否かの判断条件（はんだんじょうけん）は、返答内容のみ。人種（じんしゅ）や容姿、性格等による選別（せんべつ）はしないから、ハードルは低い。

　むしろ、どう扱おうと懐くのだから、チョロいという表現がしっくりくる。それでも、誰一人として期待に応えてくれないことが、不思議でならない。

　実現可否は扨措（さてお）き、運命（うんめい）を変えてくれると、期待したくなる行動力を見せて欲しい。

　キスや性行為は未経験。だけれど、単（たん）に機会（きかい）が無かっただけ。信念（しんねん）を持って、貞操（ていそう）を守っているのではないし、関心（かんしん）が無いこともない。

　紗良（さら）を求めてくれるのなら、全てを捧げたいし、尽くしたいという欲求はある。紗良（さら）の全てを受け入れてくれる人を、心から欲している。