贖罪

「嫌です。私が告訴したらどうなるでしょうか。進学も、就職も絶望的になりますね」

 二〇一七年の性犯罪規定改正により、強制わいせつ罪は、親告罪から非親告罪に変わった。告訴がなくとも、検察官が公訴提起できるようになったため、告訴の有無は影響しなくなった。

「何でもするさかい、許しとぉくれやす」

 『何でも』と言うのは簡単。でも、胡桃くるみにそんな覚悟があるとは思えない。退学でもしない限り、達成できないような要求をされたら、その要求を飲めるのか。

「何でも……ですか。では、二度と私の視界に入らないでください」

「他のがええわぁ」

 案の定。そんな要求を飲めるはずが無い。とはいえ陽菜ひなは、悩むことなく、すぐに拒むことを許せてしまえるほど、大きい心を持っていない。

「何故ですか? 簡単じゃないですか。学校に来なければ、視界に入りません」

「他のがええわぁ」

 陽菜ひなにも処罰感情や、復讐心を満足させたい欲求は湧く。

「登校出来なくなるのは困るという認識は、あるのですね。では私は、来られなくても困らないと思っていたのでしょうか? あなたにされたことと、同じことをさせてください。報復したいです。それで御破算ごわさんにしてあげます」

「……他のがええわぁ」

「同じ台詞せりふを繰り返していれば、許されるとでも思っているのでしょうか? 私には、あなたと話したいことはありません。贖罪しょくざいの意思が無いのでしたら、無益な話は終わりにしましょう」

「他のを、おたのもうします」


「面倒くさい人ですね……強制わいせつ罪の公訴時効は七年。時効を迎えるまでの間、私に隷属するというのはどうでしょうか。条件は、私からの全ての要求に従うこと。そうですね……将来の不利益になる要求はしないこと、服従している間は、あなたの不利益になることはしないこと、この二点は考慮してあげます。これが最大限の譲歩です。他の選択肢は提示できません」

「それでおたのもうします!」

 陽菜ひなが想定していなかった返答。胡桃くるみには、こんな理不尽な要求を飲むメリットが無い。それどころか、交渉すらしてこない。期間を短くしたいとか、要望はいくらでもあるはず――それとも、要求内容をよく聞かずに答えたのか。

「大事な契約ですから、契約内容を口上こうじょうしてください。やり直しです」

 胡桃くるみは、陽菜ひなが提示した契約内容を口上こうじょうした。その上で、改めて契約締結を望んだ。

胡桃くるみ自身が望んでいるのなら、好きにすればいい)


  * * * 


 翌日。胡桃くるみは、しっかりとした様式で作成した契約書を、陽菜ひなに手渡した。

 確かに陽菜ひなは、胡桃くるみと契約を結んだ。とはいえ、本気で隷属させようだなんて思っていない。

 当然、陽菜ひなからは、契約書を要求してはいない。

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