私刑執行

 放課後。校門を出てすぐ、眼前に立ち塞がった人に制服のリボンを引っ張られる。彼女は同級生の、ヌイ胡桃くるみ

「暴行すると、出席停止になってしまいます。手を離してください」

 同級生が、陽菜ひなのせいで罰せられるのは、懲り懲り。陽菜ひなは、この光景が校内から見えないようにするため、咄嗟に塀が目隠しとなる位置へ身体からだを動かす。


 今や、陽菜ひなが嫌がらせを受けるのは日常茶飯事。

 とはいえ、罰せられる人が増えることを望んではいない。早川はやかわが卒業するまでの一年半、陽菜ひなが何もしなければ、平穏へいおんな日々を送れるはず。そう思い、我慢している。

「なんもしいひんでも、処分されるさかい、変わらへんどっしゃろ。ほな、こらどないですか?」

 胡桃くるみに、シャツの胸元を強く引っ張られ、はだける。

 でも、生徒会に見られていなければ、大丈夫。今ならまだ、陽菜ひなが勝手に転んだことにすれば済む。


 陽菜ひなは、かごの中の雛鳥ひなどり。頂点に居続けたがゆえ、井の中のかわず陽菜ひなは、解決のために暴力を用いたことが無いから、言葉で解決出来ると信じている。

「まだ大丈夫」

 気丈きじょうに振る舞いたい意思とは裏腹に、恐怖でそれ以上の言葉が出てこない。

「大勢に見られてますで。恥ずかしいのに、よう平気でいられるなぁ。もっと、よう見したってください」

 陽菜ひなは、平気だと言ったわけではない。上手く意図を伝えることが出来ず、火に油を注ぐ結果になってしまった。

「待って……やめて」

「何しても罰は変わらしまへん。せやったら、何しても構しまへんよね?」

(主張は正しい。程度は、処分内容に影響しない。だから、彼女にとっては構わない。私個人の心情として、嫌というだけ……どうすればいい? 手を出せば校則違反となり、同罪となってしまう。だから、抵抗する選択肢は除外……我慢して、耐えていれば終わる? どうすることが正解なの?)

「……罰は変わりません。でも、やめて欲しいです」

「やめると、減刑されるのん?」

 周囲には、陽菜ひなを取り囲むように、人の輪が出来ている。目撃者が多過ぎる。こうなってしまったら、陽菜ひなが勝手に転んだと主張し、誤魔化すことは難しい。

「されません」

「せやったら、やめる理由無おすなぁ」

 胡桃くるみが、胸元を隠している陽菜ひなの手を引っ張り、退けようとする。打開策だかいさく見出みいだせない陽菜ひなは、手に力を込め、ひたすら耐え続けることしか出来ない。

「ほんま、ええ表情やねぇ。隠さんと、もっと見せとおくれやす」

 陽菜ひなはやめて欲しくても、胡桃くるみがやめなければならないと判断するに足る、合理的な理由を示せない。


(もういい……)

 陽菜ひなは抵抗するのを辞め、脱力し身を委ねる。


  * * * 


 翌朝。登校中。

 学校に近付くにつれ、好奇こうき眼差まなざしが強まっていることを実感する。

 校門前に立つ人から向けられる、強烈な視線。重い前髪越しに見えるのは、胡桃くるみ。向こうからは、前髪が邪魔で、目の動きはわからないはず。それでも、視線を交わしたくないから、意図的に視線を逸らす。

「よう来れるなぁ。明日はきいひんのやろうな」

 目を合わせたくない。離れた場所を通る。それでも、陽菜ひなに聞かせるように、大きな声で嫌味が放たれる。

 陽菜ひなは、生徒会の制裁対象。今や同級生からも、目の敵にされている。もはや学内に誰一人として、陽菜ひなを擁護する者は居ない。校門前で、堂々と陽菜ひなを批判する胡桃くるみが、処分を受けていないことが、物語っている。


 耳に突き刺さる嫌味は、胡桃くるみ以外の口からも放たれる。当初は様子を見るように、小声で放たれていた陰口が、周囲の声量に呼応するように、次第に大きくなっていった。

 大きな声には、多くの声であるかのように、錯覚させる効果がある。


 陽菜ひなは、全員に責められているように感じる。気が滅入らないよう、聞き流そうと試みた。けれど一日中、耳に突き刺さり続ける陰口に、神経はすり減る一方。


  * * * 


 翌朝。校門前には、また胡桃くるみが立っている。

 横を通り過ぎないと、校内に入ることが出来ない。俯いて、足を前に進める。

「今日もはったんやねぇ」

 陽菜ひなの視界に入る、進路を塞ぐ足。進路変更を試みるけれど、さまたげられる。

 身動きを取れず、立ち止まっている間、浴びせられ続ける嫌味。四方八方しほうはっぽうから、耳に突き刺さる声が陽菜ひなの精神を抉る。

 なんとかして前に進もうと、人の配置を確認するために顔を上げた際、一瞬視界に入った、ゴミを見るような目が、脳裏に焼き付いて離れない。


  * * * 


 翌朝。また胡桃くるみが立っている。

「いつまで来るんやろ?」

 無関係な第三者であっても、目や耳から入る情報は、無意識に脳に刷り込まれていく。

 直接的な、生活への支障の有無に関わらず、来なくなっているかを確認するために探されるのは、精神的な負荷が大きい。


 陽菜ひなは、学校に来なくなることを望まれている。だから、登校しなくなるまで、嫌がらせはエスカレートしていく――。

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