第56話

――――


 リリー・フィラデルフィアは暗闇の中で目を覚ました。

 今朝も、空から血の雨が降ってきたので、学校は休みだった。都内のノブレス・オブリージュ美術館に遊びに行こうと友達に誘われ、市営バスに乗ったまではいいものの。

 

 その後の記憶が、まったくといっていいほどなかった。

 どうやら、身体が固定されているようだ。


 パタンっと、ドアの開閉の音が遠くでした。


 大男のような大きな足音が徐々に近づいてくる。ぞりぞりとゆっくりと歩くその足音は、どこか片方の足を引きずっているようだ。


 そこで、リリーは恐怖した。


 だが……パタンっと、もう一つドアの開閉の音がした。


 大男のような大きな足音が途切れた。

 歩くのを止めたようだ。

 引きずる大きな足音の代わりに、静かな足音がこちらへと来る。

 

 いや、違う。


 何者かが、こっちへと来る。周囲の元々寒い空間の温度が急激に低下した。リリーはガクガクと震えたが、それは恐怖と寒さも混じっていた。


「大丈夫か?」


 非常に冷たい声が聞こえた。


――――


 モートはリリーの拘束を解いた。

 体中に頑丈な鎖が巻いてあったのだ。


「君は、聖痕というものを知っているかい? あるいは、どこかにその……不思議な傷はあるかい?」

「……昔、不思議な傷が足の裏にあるって、お医者さんが言った時があるわ……」

「じゃあ。ぼくは次の収穫のところへ行くから」

「……待って! 私の他にも人はいないの? 助けてくれたんでしょ! 私の記憶がなくなる時、覚えているのは今朝のバスの中。バスの中には大勢人が乗っていたの!」


 リリーのさっきの態度とは逆の懇願した言葉に、モートはこっくりと頷いた。けれども、すぐに首を横に振った。

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