第3話 stigmata (聖痕) アリス編
サラサラな肩まである金髪をゆっくりと掻き上げて、アリスは屋敷でフィッシュ・アンド・チップスにビネガーを入れ、軽い朝食を摂っていた。今朝のサン新聞には、またもや首なし事件がウエストタウンで発生したと書いてある。このところウエストタウンを中心に三件もの首なし事件が起きていた。
アリスは憂いの顔で紅茶を口に運ぶと、この屋敷の唯一の使用人のヨボヨボの老婆が紅茶のお替りを持ってきた途端に悲鳴を上げた。
「まあ、アリス嬢ちゃん! 右の手首に傷ができてますよ! すぐに洗って消毒を……今、お湯を持ってまいります! いいですか、そのままでお待ちくださいね!」
老婆はよろよろとキッチンへと向かった。
「あら? 痛みはないわ……一体? いつの間についたのでしょう?」
「アリス? どうしたんだい?」
窓辺の椅子からアリスはその抑揚のない声の方を向くと、一室の隅に忽然とモートが音もなく立っていた。
モートはアリスの手首を鋭く見つめるとすぐに険しい顔を作った。
「すぐにオーゼムに知らせないといけない……それは聖痕かも知れない……あの少女と同じく右の手首にあるなんて……」
アリスはモートが外へ出た後も老婆がお湯で手首の傷を洗ってもらっていた。
「まあまあ、ばい菌が入ったら大変大変! まあ! なんてことでしょう! 鞭で打たれような裂けた傷!!」
老婆はあまりにも酷い傷なので、悲しみのあまり次にハンカチを薬湯に浸して絞ると、アリスの手首に優しく巻いた。
アリスは何気なく。窓の外を覗いた。
霜の降りた路上に粉雪が無音に舞っていた。風はなかった。
これから聖パッセンジャービジョン大学へと通学しないといけなかった。
モートがどこかへと行ってしまったので、時間なので一人で行くことにした。アリスはいそいそとショルダーバッグを持ち、今日は袖の長いカジュアルな白のロングコートを着て、路面バスに乗ろうと屋敷から道路へと繋がる橋を歩いた。
橋の上の雪は今朝に老婆が綺麗に雪かきをしてくれている。
アリスはその老婆の厚意に嬉しさで心が一杯になった。
アリスの屋敷があるヒルズタウンからは、途中エンストを三回も起こしたが、聖パッセンジャービジョン大学まで路面バスは通常運転をした。イーストタウンのバス停で白のロングコートを着た親友のシンクレアが乗ると、アリスはシンクレアと楽しくお話ができた。
アリスはその間。手首の傷のことをすっかり忘れてしまっていた。
けれども、アリスはやはりモートのことが気掛かりだった。
その話をすると、シンクレアは「この街を一度救ってくれたんだもの。モートのことなら何もかも任せてしまえばいいのよ。何も心配なんかいらないのよ。ねえ、そうだわ。モートなら何も言わずに黙って、またこの街を救ってくれるはずだわ」と励ましてくれた。
モートは前に世界の終末を回避して、ここホワイトシティを救った英雄だった。
車窓からの風のない雪の降る景色に急に光が射しこんできた。ここホワイトシティでは珍しいことだった。光の下を二十を超える鳩が遥か西の方へと飛んでいった。
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