最終話 「さよなら」

 見えた。


 駅の中。


 白い光に包まれながら、少女は改札へと向かう。


 ゆっくりと、歩みを進める。


 ゆっくりと、腕を振る。


 ゆっくりと、振り向く。


 彼女は、笑顔だった。今までと同じように、周りを幸せにする、天真爛漫で、能天気で、無邪気な、笑顔を彼女は向ける。


 俺は、そんな彼女をじっと見つめる。


 彼女に、追い付きたい。


 彼女と、もう一度話したい。


 彼女を、ちゃんと安心させてあげたい。


 涙なんて要らない。


 悲しみなんて要らない。


 マイナスな気持ちなんて要らない。


 俺は走る。彼女のもとへ。


 そして、溢れだす。


 たくさんの思い出が。


 たくさんの記憶が。


 昼間の校舎。

 廊下で尻もちをついた俺に、右手を差し伸べる少女。


 真っ暗な街。

「世界を救うのを手伝って」と、右手を差しだす少女。


 夕方の校舎。

 涙を浮かべ、それでも人との対話を諦めようとしない少女。


 夏の図書室。

 オレンジ色の光に包まれながら、親友との対話に挑む少女。


 暗闇の公園。

「諦めないで」と、俺のことを励ましてくれる少女。


 真夏の廊下。

 俺との再会を喜びながら、感謝の言葉を紡ぐ少女。


 見える。


 改札の中。


 白い光に包まれながら、少女はその真ん中にいる。


 ゆっくりと、歩みを進める。


 ゆっくりと、腕を振る。


 ゆっくりと、振り向く。


 彼女は、笑顔だった。俺もことを安心させてくれる。俺のことを幸せにしてくれる。そして、俺もことを求めてくれる笑顔。


 俺は、そんな彼女をじっと見つめる。


 彼女に、追い付きたい。


 彼女と、もう一度話したい。


 彼女を、ちゃんと安心させてあげたい。


 涙なんて要らない。


 悲しみなんて要らない。


 マイナスな気持ちなんて要らない。


 俺は、彼女を追って、改札を抜ける。


 そして、溢れだす。


 たくさんの思い出が。


 たくさんの記憶が。


 冬の校舎内。

 何の躊躇いもなく、俺を非現実に、もう一度誘ってくる少女。


 ライブ会場。

 世界を守るため、オレンジ色の花を咲かせ俺と対峙する少女。


 真冬の学校。

 皆の世界を大切にすると、俺と約束してくれた少女。


 クリスマス。

 世界を守るために、世界を変えると、告白する少女。


 夜の駐車場。

 少女から逃げるなと、俺に訴えかけてくる少年。


 夜の交差点。

 少女を安心させてと、俺に気持ちを伝える少女。


「立花」


 そう彼女のことを呼びながら、俺は彼女の肩に触れる。


 するとその瞬間、俺と彼女の周りの世界が一変する。


 無機質な駅が、美しい花畑に変わる。


 紫、赤、青そして、オレンジ。


 四色の花が、延々と続く。


 変化する世界の中で、俺は彼女のことを抱きしめる。


 彼女の身体は震えている。きっと、怖いのだ。この世界から消えることが。


「山上くん」


 彼女が、小さな声で話しかけてくる。


「ありがとう、来てくれて」

「立花……」

「山上くん……」


 俺の名を呼ぶ彼女の瞳には、涙は一粒も浮かんでいない。

彼女は美しい笑顔で、俺のことをじっと見つめている。


「立花。この世界は俺が守る」


「世界を?」


「あぁ。あなたがつくり変える世界を、俺が必ず守り抜く。だから」


「だから?」


 彼女は意地の悪い、おうむ返しを繰り返す。


 そうだ。美しすぎるのもこいつには似合わない。


 これこそが、彼女との、立花瑞希とのお別れなのだ。


「だから、安心してくれ」

「……うん。大丈夫。君のことはそれなりに信用しているから」

「その、『それなりに』っていうのは必要あるんですかね」

「うーん、どうだろうね」

「おいおい」


 そう言うと、彼女は俺から一歩離れ、面と向かって、言葉を投げる。


「よろしく。私が愛している、この世界を」


 その言葉に対し、俺は首肯する。


「ああ」

「じゃあ、行くね」

「また、いつの日か」

「うん、いつの日か」


 彼女は、振り向き、青空を仰ぐ。


「世界よ、変われ」


 彼女の言葉とともに、世界は白い光に包まれる。


 変わっていく、俺たちが同じ時間を過ごした、大切な世界が。


 同時に、俺は花畑から駅の中へと戻される。


 無機質な世界。無機質な現実。


 そこで、彼女の声を聞く。


「さよなら」

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