第10話 誰がために祭りは開催される。
「これより、令和三年度花鳥祭を開催します!」
七月一日。正午。文化祭実行委員長の声がけにより、ようやく花鳥祭の幕が上がった。
午前中のあった残りの作業を行う時間と、前夜祭なる謎のイベントによってやる気も雰囲気も最高潮に達している彼らは、会長の挨拶を皮切りに爆発。生徒らの叫びと笑い声が校内を文化祭色に染めていく。
俺がいる、ここ三年三組も例に漏れず、このビッグイベントを謳歌する連中で溢れかえっている。赤色の光を放つ蛍光灯と、締め切った窓による影響で、ただの教室がカジノに見えないこともない。この少し雑ではあるけれど頑張っている感じが伝わる装飾。これぞ文化祭である。
「山上、これシフト表な」
言いながら、クラスメイトの誰かさんがシフト表なるものを渡してくる。出し物がカジノとなると、ディーラーを務める人間が必要になってくる。まあそうはいってもうちのクラスの人数は三九人。うまいことシフトを組んでしまえば一人当たりの拘束時間は二、三時間程度だ。他クラスの出し物を回るのに充分時間を割くことができる。
俺もとりあえずまだシフトはない。また、文実の方の仕事もほぼないに等しい。記念品の仕事のいいところの一つに、文化祭当日は面倒事がないことが挙げられる。前日まで色々仕事があるのだ。このくらいが丁度良いまである。
ただ、俺はぼっちだ。仕事がなくなった今、俺はかなりの暇人だ。夏島や松田は一発目からシフトが入っているらしく、時間を潰すこともできない。それ以前に彼らが一緒に回ってくれるという確証もないのだが。
だからと言って、シフトもないのに教室にいるのは迷惑であろう。俺は入り口に付けられたセロハンをくぐり、廊下へと出る。
各クラス、廊下の壁には、そのクラスの出し物を象徴する装飾がなされている。昨日見たときも充分すごかったが、今日の午前中に追い上げたのか、より一層クオリティは高くなっている。特に隣のクラス、三年四組は、壁には大きな木の装飾をしている。すごいな。
そんなふうに眺めていると、木の装飾の下の入り口から、見覚えのある男が出てきた。
「おっ、竜次」
相変わらず天パなのか寝癖なのかよく分からないアフロの男である。その男も俺と同様に仕事がないのか、話しかけてくる。
「あれ、山上氏やん。どしたん。ぼっちなんか」
「正直否定はできない。あんたは?」
「こっちも仕事ないから暇」
都合の良い男だ。この男とどこかで時間を潰そう。
「そういや、二年で映画撮ったところあったよな」
「なんか前夜祭の出し物紹介動画で言っていたところあったな。二年だっけ?」
「観に行く?」
「ええで」
承諾を得て、映画を出し物にしているクラスを調べる。それにしても、よくできたパンフレットだ。高校生がつくったものであるにも関わらず、しっかりとした素材でできている。恐らく外注だろう。管轄は総務係だ。流石、和泉さん。本当に仕事のできる女性だ。
「二年三組か。一階上だな」
二年のクラスは英語科以外、俺たちが今いる校舎の四階に位置している。竜次が先陣を切り、階段の方へと向かう。
「あっ、山上くん」
すると、階段を上り始める直前で、話しかけられる。振り向いてみるとそこには和泉さんの姿があった。彼女の手には封筒が握られている。
とりあえず簡単に挨拶の「うっす」を返す。
「……これ何だけど、昨日うちの係でシャツのお金忘れちゃった子がいたよね」
そういえばそんな不届き者がいたような気もするな。
「その子の分なんだけど、今受け取ってもらうことってできるかな」
「了解っす」
彼女から封筒を受け取る。すると、彼女は俺の制服の右袖を握ってくる。見ると、不自然なほどに青い目が、じっと俺を見つめている。
「和也くん、文化祭……楽しもうね」
彼女の可愛らしい声に気圧され、つい頬が緩む。
言い終えると、彼女はそそくさと去って行ってしまう。
「……山上氏……おーい、山上氏」
「おん」
竜次に声をかけられ、意識を戻す。どうやら意識が飛んでいたらしい。
「どしたんや? さっきので恋でもしたんか」
「ちげぇよ」
確かに彼女の行動に驚かされた。しかし、それとは別にある疑惑が浮かんでいた。
彼女が俺を下の名前で呼んだことには何か意味があったのであろうか。勿論、先ほどの言葉の裏に何か特殊な意味があるから、という可能性も十分にあり得る。和泉比奈には俺に対する恋心があり、その結果彼女が俺を「和也くん」と呼んだ。だがそれは、筋は通るものの納得のいく答えからはほど遠い。何度考えても、彼女が俺に好意を抱くとは考えづらい。それに、昨日の朝の立花と紫月さんの言葉が、そんなものは虚像だと指摘してくるのだ。
「行くか?」
考え事をしていると、またもや竜次に引き戻される。
俺は「そうだな」と短く返しつつ、四階へと向かった。
駆け上がると、そこにも文化祭らしい景色が広がっている。流石は二年だ。廊下の装飾を見ただけでも、クオリティの高さが窺える。三年と違って期末テストを捨てるのに躊躇いがないのだろうな。
そんなふうに廊下を見渡しながら歩いていると、遠くの方から立花の声が聞こえる。
「山上くん! 今少しいいかな?」
彼女の表情から察するに、どうやら緊急の要件らしい。
「すまん。先に行っておいてくれ」
俺は竜次に別れを告げ、足早に立花の方へと向かう。
「どうしました?」
要件を立花に尋ねる。すると、こちらを見上げた彼女と目が合った。その様子からして、恐らく真面目な会話であるのだろうと予想する。それほど、彼女の表情は真剣なものであった。
「アカシックレコードの件なんだけど。山上くん、今回の接続者、本当に和泉さんだと思う?」
「どういう意味ですか」
「はっきり言うね。私は美望が接続者なんじゃないかなと思っているの」
立花の意見に、妙に納得してしまう。俺もそう思う節があるからだ。先ほどの和泉さんの「和也くん」という発言。あれは紫月さんが和泉さんを操ったために出てしまったのではないかと考えていたからだ。しかし、それは俺視点の根拠だ。それに、紫月さんがそれをする理由も俺には分からない。立花は一体、何を根拠にそう考えるのだろうか。その疑問を率直にぶつける。
「そう考える根拠は何ですか?」
「昨日、山上くんが文芸部の部室に来る前、美望がトイレに行っている間に、私、彼女のファイルを覗いちゃったの。そうしたら、そこには『やがて君は彼女に恋をする。』っていう小説の原稿が入っていたの」
紫月さんが部誌に掲載していた小説の題名は、『やがて君は私に恋をする。』だ。「私」と「彼女」の部分が違う。部誌の前進になった作品、もしくは印刷したあとにタイトルだけ変更したものだろうか。
俺は恐る恐る、立花に次の質問を投げかける。
「内容は?」
すると、立花は一呼吸おいてからゆっくりとそれを口にする。
「主人公の女の子が、意中の男子Yくんと親友であるIさんを交際させようとするもの。人の心を操る力を使って」
その発言で、場が凍り付くのが分かった。立花もこの話をすることが怖かったのだろう。
「君は、何か感じなかった?」
「まぁ、確かにIさん……和泉さんの言動に少し疑問を抱いたり……」
立花に聞かれ、思い出す。先ほど、俺に声をかけてくれた和泉さんの瞳が、サファイアのような青に変色していたことを。さっきは、見間違いかと思ったが、アカシックレコードが関連しているとなると、もしかすると和泉さんの目は本当に青くなっていたのかもしれない。
「……あと、さっき和泉さんに会ったとき。彼女の目が、青くなったように見えたんです」
言うと、立花は覚悟を決めたと言わんばかりの表情で右手を握りしめる。
「……立花さん?」
「美望を止める」
「でも!」
つい、彼女のことを制止してしまう。しかし、彼女はそれに一切動じない。
「山上くん、世界を守るには、アカシックレコードと人の接続は切らないといけないの」
彼女の声の中に、強い意思が感じられる。それでも、俺はあまり彼女の言葉に賛同できなかった。紫月さんの願いを、俺は否定したくないのかもしれない。そんな疑念だけが、残った。
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