05 エピローグ
空は快晴。風も穏やかだ。
海上の着陸基地に向かって、ゆっくりと、慎重にロケットが降りてきた。白い煙が噴き上がる。
着陸の瞬間、遠くから見守る観衆が息をひそめた。
ロケットが所定の位置へ着陸し、やがてエンジン音が止まる。煙が完全に晴れて、ロケットの全容が確認出来るようになると、周りから歓声と拍手が注がれる。
「スカイシェパードNS-18、着陸成功です! 栄えある祖星、地球への長旅を終え、彼らは──」
興奮した様子のレポーターの宣言と、割れるような歓声に応えて手を振りながら、ロケットから乗組員が降りてくる。
それは宇宙服を着て二足歩行をする犬、という表現がもっとも的確だ。ラブラドールレトリバー、秋田犬、セントバーナード。
ドグ族と呼ばれる獣人達で構成された乗組員の内、キャプテンを務めていたジャーマンシェパード似の男がふと足を止めた。目を輝かせる観衆の中で、一人だけ必死な様子で降りてくる乗組員を見回している。
地球に着いた時に連絡を入れたが、それでも、という思いがあったのだろう。乗組員がもう降りてこない、空になったロケットを呆然と見つめるケト族のもとへと近づく。
「首長」
声をかけると、ここ数ヶ月ですっかりと老け込んだケト族の首長が、やっと気づいたとばかりに顔を向ける。
「これは、キャプテン・ニュート。ご無事の帰還、何よりです。トーンの……倅の件では、お世話になりました。手を尽くして頂きありがとうございます」
普段の陽気さを知るだけに、痛々しい貼り付けた笑顔だ。
これは前置きも捨ててとにかく早めに手を打つべきだと、ニュートはごそごそと懐からあるものを取り出した。
「首長、これを」
とくに変哲もない金属片を差し出され、ケト族の首長は首を傾げた。
「はて、これは?」
「遺品を見つけたと、先日通信で申し上げました」
「……はい」
「ですが、正確には遺品ではない。どうにも先日、地球で大きな地震があったらしい。それで、古い地質が出てきたそうです。二千年くらい前のもので」
それが何なのかと、目の前のものを見ていても見えてはいない首長に、ニュートは苦笑してその肩を叩く。
「とっておきの物がでてきたぞ。あんたの倅は大したもんだ。読んでやれ、親父だろう?」
言い切って、ニュートは待ち構える記者の元へと歩いて行く。
首長はしばらくかけられた言葉の意味が分からず固まっていたが、すぐに慌てた様子で古びた金属片に意識を向ける。
その刻まれた線画をみて目を見開いた。
それは、トーンが子どもの頃から一番好きだった星座の線図だ。そして、地球にはないはずの星座だった。
ケト族はそもそも興味のあるものにしか記憶力が発揮されず、先達がうんうんと必死に頭を絞ってなぞらえた、この惑星系で方角を探すときに真っ先に頼りにする星座──カツオボシだ。
慌てて鉄板をひっくり返せば、ケト族の文字が刻まれている。
『父上、母上、弟妹達、一族の皆。
トーンです。
随分と心配をかけたことと思います。ごめんなさい。
でも安心してください、僕は生きています。優しくて、良い人達に助けて貰えました。
途中でスペースデブリ事故に巻き込まれたり、救命ポッドがブラックホールに吸い込まれたり、奇跡的にホワイトホールから放出されて、無事に地球にたどり着けたと思ったら二千年前の地球でした。
……なんて波瀾万丈すぎてさすがにふて寝しましたが、いまではすっかり元気です。
これを書くのは心苦しいのですが、僕はもうきっとそちらへ帰れません。宇宙船を作るにしてもこの時代では難しいでしょうし、なによりそちらの時代でも机上の空論であったタイムワープを、狙ってもう一度というのは無謀だと、さすがの僕でも分かります。
父上。僕はずっとケト族の風聞を変えたかった。僕たちだってやれば出来るんだぞって、見返してやりたかった。
でも、もしも弟妹達が、一族の誰かが、僕の意志を継ぐのだと、それを理由に急に真面目になるようでしたら、そんなことはしなくて良いのだと、どうか伝えてくれませんか。
僕はこの時代の地球で、生まれて初めて猫に会いました。あって、なんというか……これで良いんじゃ無いかな、と思いました。
自由で、気ままで、幸せで。
僕はたぶん、他のケト族よりも真面目にすることが得意でした。自分では簡単だと思ったからこそ、「こんなにも簡単なこと」を皆で守って、皆の評判が良くなれば、きっと皆は幸せになれる。そう思っていました。
でも、違ったんですよね。僕の得意が誰かの、皆の得意じゃないし、誰かや皆の得意でも、僕が苦手なこともきっとある。
僕の得意を皆に押しつけて、皆に無理をさせてしまう前で済んで、実はすごくほっとしています。
この時代にきて知ったのは、空が広いということです。
平均的に、建造が低いせいでしょうか。首都や都会に行けば高層建築物があるとは言っていましたが、それでも大気圏にまで届くような建造物はありません。
空が広くて、星が遠くて、生き物たちは未加工のまま弱くて、脆くて。でも、だからでしょうか。なんだかとても眩しくて、透き通って見えるのです。うまく言えないけれど。
地球から見上げる星は、当たり前だけど家から見上げた星とは違います。それでもどこかに似た星並びはないかと探して、探して、まさかかつおぼしがあるとは思いませんでした。
見つけたときは、笑ってしまいました。
ねえ、父さん。母さん。皆。皆と会えなくなって本当に寂しいけれど、でも僕は一人じゃ無いよ。優しい人達に助けてもらえたよ。
それでもやっぱり寂しくなる日があるとは思うけど、そんなときはかつおぼしを見上げるから。皆も寂しくなったら、かつおぼしを見上げて欲しい。
惑星が違うんだから、同じ星じゃないかもしれないけれど。
それでもきっと、僕らはよく似た星を見上げているよ』
ぽたり、ぽたりと金属片に雫が落ちる。まかり間違っても錆びてしまわないようにと、慌てたように肉球で水滴を払う。大きく息を吸って、吐いて。
ケト族の首長は顔を上げた。
真っ直ぐに前を向いて歩き出す。
晴れやかな顔で、力強い瞳で、愛する残った家族の元へ、大切なメッセージを届けるために。
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次回、「犬 こたつ 地底人」でAI君に無茶振りします。
AI君がオモシロ初稿連発しちゃったら、自力でこの訳の分からないキーワードをまとめて小説にしなければならないのですね。
……えぇ……こわ……もうちょっと楽なキーワードで……いやそれでは駄目です!
獅子は千尋の谷に子を落すもの……
AI君、初稿頑張ってね!!(切実な他力本願)
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