あなたは離さないで

物部がたり

あなたは離さないで

 幼い頃、誰しも大切にしていたものがある。

 人によっては、おもちゃだったり、人形、ぬいぐるみ、枕、ブランケット、服や、靴などだ。

 れいも例外なく、どこに行くにも何をするにも、いつも持ち歩き手放せないものがあった。

「れい……それいつも持ち歩いて邪魔じゃない?」

 友人ふうはれいの持つ、フランス人形を指さしていった。


「ぜんぜん邪魔じゃない」

「だけど、荷物もつときとか……片手ふさがってたら不便でしょ」

「大丈夫」

「でも……」

 ふうは人形が不気味でならなかった。

 ふうの考え過ぎか、人形の眼を覗き込むと、まるで目が合うように感じられるのだ。


 ふうがこんな変わり者のれいと友達になったのは、クラス替えで席が隣になったことがきっかけだった。

 それ以来、よくつるむ仲になったものの、フランス人形を持ち歩いている理由は、未だに聞き出せないでいた。

 この機会に訊くしかないとふうは思った。

「ねえ、ずっと気になっていたんだけど、どうしていつも人形持ち歩いてるの?」

 れいがふうに振り向くと、同時に人形も振り向いた。

 ふうは人形から目をそらし、れいの眼だけを見る。


「大切な子だから」

「うん。それは見てればわかるけど、持ち歩く必要はないんじゃないかな……」

「うん、別にないね」

「じゃあ」

「でもね、置いて行くことはできないな」

「あのね、れい。ちょっと調べたんだけど、れいみたいに子供のころのものを手放せない状態をブランケット症候群っていうんだって。原因は幼少期のストレスとかそんなのがあるみたい……」


「ブランケット症候群?」

「うん、別に病気ではないけど、その人形をいつも持ち歩いていたら何かと人目も引くし、邪魔になることもあるから少しずつその症候群を治していかない。もし何か困ったこととか、辛いことがあったら私できる限り相談に乗るか……ら」

 ふうがそういったとき……限界まで見開かれた人形の眼と眼が合った。

 眼球の毛細血管まではっきりと浮かび上がり、ふうの眼は人形の眼に吸い込まれそうだった。


「心配してくれてありがとう。ふうはやさしいね。だけど困ったこともないし、ふうが心配しているような問題も抱えていないから大丈夫」

 はッとすると、人形はいつも通り整い過ぎるくらい整った不気味な顔をこちらに向けているだけだった。

「人目を引くことは気にしてないし、これくらいなら邪魔にもならない。それに、私ブランケット症候群じゃないと思うから」


 れいは人形の髪をなでながら「だって、ブランケット症候群の人は大切にしているものを常に持っていないと不安になるんでしょ? 私は別にこの子を置いて行っても不安にならないよ。不安になるのはこの子の方だから。置いて行こうとするとこの子が『離さないで』っていうんだもの」

「そ、そう……ならいいけど……。もし何かあったら相談してね……」

 以来、人形をれいから引き離すのはやめた――。

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