エビバデセイエイ

美空重美

 僕とピピピ

1961年、人類があの宇宙に、初めて飛び立った。

僕は時たま、その飛行士のことをほんのちょっと、ほんとにちょっとだけ思い出す。

その偉大なる宇宙飛行士の名は、ユーリ・ガガーリン。「ボストーク1号」という一人乗りの狭い宇宙船に乗って、地球の軌道を1周した。時間は108分。それが短いか長いかは人それぞれだけど、僕は長いと思っている。だって初めてなら、宇宙へは1分でも2分でも行けばいいじゃないか。わざわざ軌道を1周する芸当をやってのけてるのだから、ガガーリンも不思議なことをするものだ。多分だけど、僕の予想ではガガーリンは上長に弱みを握られていたんだと思う。例えば・・・そう、ピーマンが食べれないとか。あ、そうそう。ガガーリンはこの飛行中に「地球は青かった」という名言を残しているのを忘れちゃあいけない。これは人類が初めて地球を客観視したときの、貴重な感想なのだから。

僕がその彼のことを思い出すのは夜―それはたいてい新月か満月の―だった。もちろん意識的に夜空を見てるわけじゃなくて、そういう時は、月が視界を邪魔するように入ってくるからだった。だから、僕は夜空を見ざるを得ないという、ただそれだけのことなんだけど、それが何でもない時なら無視できるし、でも、新月や満月のときってものすごく暗すぎたり、反対にものすごく明るすぎたりするから無視なんかできなくって、目線が上にいってしまう。その時に僕は、宇宙へ行ったガガーリンのことを思い出す。人類で初めて広大な夜空へ飛び立った時、どんな気持ちだっただろうか、と。死ぬかもしれないと怖くはなかったのだろうか。それとも、初めての偉業を成し遂げるぞと期待に胸いっぱいだったのだろうか。はたまた、まーったく何も考えていなかったのだろうか。僕には、想像もつかない。こればかりはタイムマシンが発明されない限り、答えが分からない。そして答え合わせができるのは、僕が生きている間ではないことだけは確かだった。


そんなごく普通の少年である僕は、不思議な体験をした。聞きたい?んー、どうしようかな。ほんとにおかしな話だもん、きっとバカにされるから嫌だよ。ええー、笑わないから教えてくれって?ほんとに?ほんとに笑わない?・・・じゃあ分かったよ。少し変な話だけど、真剣に聞いてね。その代わり、明日は君の話も聞かせてよ。

この前学校から帰るときにね、電話ボックスを見つけたんだ。時間は夕方の少し前。学校の帰り道だからね、夜じゃないよ。てっきり夜のお話かと思ったでしょ?ふふ、残念でしたー。ねぇねぇ、電話ボックスって知ってる?なかに緑とか薄いピンク色をした公衆電話が入っている、アレ。今ではなかなか見つからない激レアなものがね、帰り道に現れたんだ。しかも急に。そして次の日には消えていたんだよ。それだけ聞くとちょっと怖いでしょ?大丈夫、怖い話じゃないから安心して。僕も怖いものは苦手だから、君と一緒さ。

僕がいるところはね、簡単に言うと田舎なんだよ。だからかもね、電話ボックスがあったのは。あ、もちろん住宅街が並んでいる方の田舎じゃないよ?なーんにも無い方の田舎だよ。山と川と道と電車しかない。あっ、山と川と国道と電車はあるのか。ごめん、何もないは言い過ぎたかも。でも毎日楽しいものではないよ。山は3000m級が周りにいくつもあるせいで1年のうち半分くらいは冬しかなくてつまらないし、川もあるけど、僕、泳げないからあんまり近くに寄りたくないし、道は車がないと厳しいし、まあ電車だけが救いかな・・・。乗るのも撮るのも興味ないけど。食べ物は美味しいらしいけど、親は農業してるから余所へは出かけないし、比べたことないから分かんないや。なんもないけど暇で死にそうになったら今度来てみてよ。

こんな田舎だけどさ、幸いなことに家から学校まで徒歩10分なんだよ!これって超ラッキーじゃない?それに中学校も同じ敷地にあるから、9年間も寝坊し放題!ひゃっふう!そうだ、あとねっ!コンビニも学校の近くにあるんだよ!すごくない?あれ、これって実は都会・・?いやいや景色は緑と白だもん。大きい駅までも1時間かかるんだもん。やっぱりい・な・か!というか人が住んでるところは、街全体の3割くらいらしいよ。前、学校で習ったから情報に間違いなーし。確かにね、学校のすぐ西側はずずーんと大きな山。ん?隣の集落はどこかって?この辺以外は知らないよ。もう県またぐんじゃない?なんで住んでるとこなのに分かんないのかって言われたって、僕、余所に行ったことないんだもん、しょうがないじゃん。じゃあ動物は出るのか?野生の?あぁ、それはもちろんいるよ。夜とか人間の世界じゃないね。たまにちょっと夜遅くなると、シカにお前なんだ?って顔されるもん。そうだっ。特別に、君に、そういう時の対処法を教えてあげるよ。「邪魔しねーから失礼しまーす」って言うといいんだよ!・・・分かってないね。これが一番効くんだよ。言うとね、すんって目逸らして興味なくして、またムシャクシャなんか食べ始めるの。面白いでしょ。でもこんな時はめったにないよ。だって基本的に、お互い住み分けてるからね。昼間は人間、夜は動物。いや、しっかり決まってるわけじゃないけど、なんとなく、暗黙の了解がある気がするんだ。そんなこといってもまあ、昼間でも見かけるけどね。サルとイノシシとシカは昼にいると、住民に怒られている姿を見かけるよ。そういえばこの前!外のゴミ箱がガタガタっていってたから、おそるおそる蓋をあけてみたんだよ。そしたらさー。中からイタチがバーンって飛び出てきてビックリしたんだよ!しかもあいつ器用に、僕の左足を踏んづけていって逃げ出しやがったのさ!前足で、トンって。信じられる?少しイラっとしたけど、逃げ足が超はやくて、すぐに見失ったよ。見失ってさらにイラっとしたけど、また思い出したらイラっとしてきた!くそっ!今度イタチ出てきたら覚えてろよー!う、あっ、ごめん・・・、君のことすっかり忘れてた・・・。あれ?なんの話してたっけ?・・・そうそう!電話ボックスの話だ!えへへ、なんだか僕の街の話が長くなっちゃったね。時間はいっぱいあるから、ゆっくりでもいいかな。

その電話ボックスなんだけどね、学校と家のちょうど真ん中くらいにあったんだよ。さっき、僕の家から学校までは10分で着くといったけれど、途中で2回曲がんなきゃいけないし、くねくねしてんだ。学校から最初の交差点で右に曲がって、道なりに進んでそのまま左に曲がって、雑木林に入って右に曲がるカーブがあって、T字路を右に曲がらずに真っ直ぐ進んだ突き当りが僕の家。やばいっしょ?ちなみにT字路を右に曲がると5軒ほど家がある。その奥は学校の隣から繋がってる山がある。僕の家のあたり、雑木林と山に囲まれて孤立してんだよね。その集落の子どもは僕一人さ。おんりーわん!ちょっといいでしょ?そんなことで威張らないでって?いいじゃん、これくらいしか威張ることないんだからさ。僕の街の人、ほとんどが学校の東か南に住んでいるし、駅も学校からちょうど南東のとこにあるから、学校の行き帰りはいっつも一人でちょっと寂しいんだよね。しかも途中の雑木林は年中木がいっぱいで、空気が重くて雰囲気が悪いから、もー最悪。あそこ大っ嫌い。街灯も一本だけぽつんってあって、逆に気味悪いの。夏場は17時半、冬場は16時に点くって決まってる。だけどなー、電気が点くと余計に暗く感じるんだよな。不思議だよね。でね、例の電話ボックス、その街灯の真下にあったの。こんなの絶対幽霊出るじゃんね!そう思って、見つけちゃったときからもう目も向けずにスタスタ歩いてたんだけど、どうしても下ばっかみて歩けるわけじゃないし、ちらちらと前見ながら歩いてたんだよ。おまけ程度に電話ボックスも視界に入れてあげて歩いてたんだけど、なんか変だなーって思って。で、気づいちゃったんだよね。すっげえ新品なの!そりゃ新しい電話ボックスだから綺麗に決まってるじゃんって今なら思うんだけど、その時こんなにピカピカの電話ボックスを見たことなくて、それで逆に気になっちゃったから、ちょっとだけ電話ボックスのこと見てみることにしたの。まだ明るかったしね、ちょっと走れば家に着くしね。

それで近くに寄ったら、中にあるものにびっくりしたよ。だって電話じゃなかったんだから!電話ボックスが新品で透明だったせいで、よく見えたんだけど、緑色してて受話器はあるのに数字が無いんだ!代わりに赤い大きなボタンがドーンとあって目立ってたよ。ね、君も驚くでしょ?それで僕はますます気になっちゃって、あっという間に電話ボックスの中に入っちゃったの。もう怖いとか感じなくて、教科書でも見たこともない物体に興味津々だったよ。それでね、入ったらすぐに電話らしきものことを見たんだけど、赤いボタンの上には『言葉が分からない時は、このボタンを押してください。』って書いてあったの。なんだそりゃあだよね。僕も最初意味わかんなくって無視してたよ。でもこれが意外と重要だったんだなあ。まあまあ、もう少し後で出てくるから急かさないでよ。でね、その電話らしきものには結局数字のボタンも無くて、お金を入れる場所も無かったんだ。そ、こっちからは多分掛けれないの。ねー!こんなの電話じゃないよね。僕もそう思う。でも受話器取ったら「ツー」っていう音はしたんだ。うんうん、かかってくることはあるよ。てか、僕が体験したのもかかってくることだったし。

だけどね、僕はここで飽きちゃったんだよね。だってボックスの中には変なのしかなかったし。だからゆっくりと回れ右して、あ、ランドセルのせいで中、結構狭かったんだよねー、で、外に出ようとしたの。ちょうど扉に手をかけた時にね、ジリリリリリリンって変な電話が鳴ったんだよ!ギャー!ぎゃー!そんな大声出さないで!もー、電話より今の方がよっぽどびっくりしたよ!電話?・・・出たよ。電話鳴った時にびっくりしちゃって、跳びあがったらランドセルがはじき返されて、そのままバランス崩して中で転びそうになったんだ。ちょっとした時間は経ってたけど、その間もずっと鳴ってたからかな、なんか出なきゃって思っちゃって、受話器取ったんだよね。取ったよ!なんでって聞かれても、なんでだろうね?なんとなく焦ってた感じはしたかな。うん。え?あっはっは、なにー?爆発?してないよー!僕、ここにいるじゃんっ。爆発してたらここにいる僕は誰なんだよ。やっぱり君、面白いこと言うよね。まあまあ、ここからがお楽しみだから。

受話器を取って電話に出たらさ、人間じゃない声が聞こえたんだ!そりゃあ分かるよ。だって「ピピピ」とか「ポピポピー」とかなんか言ってて、とにかく変だったから。電子音?機械音?よく分かんないけど、そんなような声・・・一応ここでは声と言っとくけど、音って言った方が本当は近いかもしれない。そうだなあ・・・一番近いのはボーカロイドのキャラクター音声みたいな感じかな。とにかく君も一声アレを聞けば、僕と同じことを思うよ。それに絶対に人間じゃないって分かるはずさ。それにものすんごくうるさかったんだ。その拍子で僕は一回受話器を落としてしまって、また持ち直して電話に出たけど、その間も変わらずに相手はおかしかったよ。でもね、そんなよく分からない相手でも、一つだけ伝わったものがあったんだ。感情だよ。今繋がったのが嬉しいって思いが痛いほど響いたんだ。その気持ちは少し嬉しかったけど、とまどいの方が大きかった。でも、何か言わなきゃて思って「もしもし」と訊ねてみるけど、ちょっと止まって、またポピポピと喋ってくる。音は通じてるみたいだけど、まったく何言ってるのか分からなかったんだ。それで困り果ててしまって、僕は黙り込んだんだ。そうすると相手は段々僕のことを疑ってきて、気づいたら怒らせちゃって、気温は暑くないはずなのに、汗がだらだらと噴き出してきてまた受話器を落としそうになって・・・。そこでちょっとしょんぼりして目線が下げた時、すっかり忘れてた赤いボタンが目に入ったのさ。『言葉が分からない時は、このボタンを押してください。』と書かれたあのボタンが。ご丁寧にゆっくりと点滅までしていて。僕は一人納得をし、迷わずそのボタンを押したんだ。

それで?うん、それでね、やっぱり電話の主は怒ってたよ。ものすごい勢いで喋りまくってて、「お前さっきの『もしもし』って、やっぱり馬鹿にしてんのかー!」って言ってたよ。どうやら仲間にドッキリ的なのをしかけられたと思い始めてるらしかった。だから、僕はそういう者じゃなくて、たまたま電話があって、それを受け取ったらあなたがいたってことを懇切手寧に説明してあげて、それは理解してもらうのに何分もかかったけど、なんとか分かってもらえて、ゆっくりお話ししようってまとまったんだ。すごいでしょ?まあね、そんなこと言ってもほとんどがお互い何者なんだ?という疑問を投げて、投げ返してもらってっていうやり取りだったよ。そこで僕は電話の相手は海王星に住んでいる人・・もしかしたら人とは思えないかもしれないけどここでは人にしておくけど、海王星人ってことと、識別番号・・・これは名前みたいなものらしい・・・は、8201っていうことを教えてもらった。海王星人は目が見えない代わりに耳が発達していて、宇宙上のどんな音でも聞こえるらしかった。エネルギーはいわゆる食べ物というようなものじゃなくてもよくて、それこそ聞こえてくる音とか、匂いとかをエネルギーとして変換できるらしいよ。ロボットに近いよね。うーん、人型ロボットかどうかは見てないから分からないなあ・・・ごめんよ。でも、僕たちが想像するような「人間」ではないことだけは確かだね。それに僕のこともたくさん話したよ。地球の日本ってとこに住んでいる子どもとか、学校に行って色んな勉強をしてるとか、大好物は駅前の牛肉コロッケとか。8201がなんで電話をかけてきたかって言うと、気まぐれで骨董市に行ったら、知らない人から黒電話みたいなものを押し付けられたから・・・らしいよ。それで電話かけたら僕につながったんだって。不思議な縁だよね。8201との会話は面白かったよ。面白くて、楽しくて、僕はずっと話をしていたい気分になった。8201も僕のことをきいている時は優しい気持ちが伝わってきて、それがさらに僕をいい気持ちにさせたんだ。でも、そう、終わりが来たの。

〝残り時間、あと30秒〟

って、男性の声で音声が流れたのをきいて、僕はそこで初めてこの電話には時間制限があることを知ったんだ。8201も同じだったらしく、それまでスラスラとお話ししていたのに、急に黙り込んでしまって、僕たちは15秒を無駄にしてしまったんだ。8201は〝残り時間15秒〟という音声でハっと我に返ったみたいで僕にこう聞いてきたんだ。「地球は青いのか?」と。僕は即答したさ。「青いよ。」って。宇宙から実際に地球のことは見たこと無いけど、言葉や写真がたくさん残ってるから、そんな質問には簡単に答えられた。僕の答えをきくと8201は安心したらしく、最後に「同じ青いもの同士、また会おうな!」と言い残し、僕が何かを返す前に電話が切れてしまった。僕はまた電話がかかってくるかもと思って待ってみたけど、その電話が鳴ることは無かったよ。僕は落胆して、そういえば今日はサッカーで遊ぶことを急に思い出して、10分遅れで公園についてサッカーをした。次の日、いつものように通学路を歩いて、例の雑木林に差し掛かると、街灯が見える位置まで小走りしたんだ。もちろん電話ボックスの存在が気になってだよ。でも、もう電話ボックスは無かったんだ。この道は通学でしか使わないから、昨日のうちに電話ボックスが消えている事実に気づけなかったんだ。1本道だから道を間違えるはずもないし、夢だと思いたかったけど、そんな夕方に路上で寝てしまうことなんてないしね。さっ、僕の話はこれで終わりさ。どうだったかい?少し不思議でおかしかったでしょ?思ったより遅くなっちゃったね。じゃ、今度は君の話をきかせてよ。

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