蒸し暑い夕方の二人の距離

「先輩遅いなー……」



 自販機はそんなに、遠くないはず。

 もしかしたら、飲み物を買うついでにトイレも済ませているのかもしれない。




 そう思い、気長に待つことにした。

 その間にも、夕日はどんどん山に吸い込まれていき、闇が近付いてきていた。




 虫の音が鳴り響く。



「……ジ、ジー…………」







「ジー……ジ、ジジーー」



 少しずつ大きくなる虫の音。





「ジーーーーー」



 僕は段々と近付いてくる虫の音に疑問を持って振り返ろうと思った瞬間。


「えいっ!」


 先輩の妙に上気した声が耳元で聞こえて来た。


 後ろから抱きつかれて、首にピタッと冷たい物を付けられたかと思うと、目の前には虫がいた。




 僕は一瞬にしてゾワゾワと鳥肌が立ち絶叫。



「うわぁぁぁっ!!」




 僕は冷たさと、虫に驚いて背もたれがないタイプのベンチなのでそのまま後ろに倒れてしまう。


 もちろん、後ろにいる先輩を巻き込んで。



 先輩の豊富な胸が押し付けられたり、抱きつかれた事なんて今は考える余裕などなく。




「えっ……ちょっ?!」



 先輩の困惑する声が聴こえる。


 そう思った時には、ドスンという鈍い音と共に軽い衝撃が体を襲う。



 虫が先輩の手から離れたのか視界の端で飛んでいっているのが見えた。

 虫と一緒に水のペットボトルも転がっているのが見えた。


 首筋に当てられた冷たい物は、どうやら自販機で買った水だったようだ。



「……〜っいたた」



 背中には柔らかい感触。



「――はっ! 先輩大丈夫ですか?!」




 先輩を下敷きにしている事に気が付き、僕は慌てて起き上がり先輩の方を向く。



「う、うん大丈夫だよ。問題ない」


「「っ?!」」



 暑さのせいか、頭がぼんやりして一瞬意識が飛びかけた。

 そのせいで体勢を崩し、先輩を押し倒したような体勢になってしまった。



「あぁっ?! すみませんっ先輩!」


「い、いや。大丈夫だ」




 僕は急いで地面から手を離して立ち上がろうとした瞬間――――先輩に何故か手を掴まれた。




「……え、えーっと…………? せ、先輩――いっっ?!」




 手を掴まれたと思ったら何故か思いっきり引っ張られて元の押し倒したような体勢に戻ってしまった。



 いや正確には戻っていない。もっと酷い体勢になってしまった。

 先輩の身体と僕の身体とが、完全に密着している。


 引っ張られた時にかろうじて、顔が当たらないように横に避けたが、余計に逆効果だったかもしれない。



「……はぁ、はぁ」




 耳元で先輩の少し熱気を帯びて、乱れた吐息が聴こえてくすぐったい。


 先輩の呼吸が乱れているのは、暑さからか。それとも僕が上に乗っている息苦しさからなのか。



 それとも――。



 いや、それはないな。


 先輩と抱き合う形。先輩は僕を起き上がらせないためにか、背中に手を回してきた。

 先輩が下で僕が上に乗っている状態。




「あっ、あの先輩……?」




 僕は緊張で上擦った声で、先輩に何故こんなことをしたのか訊こうと思って声をあげる。




「っ?! ちょ、君。耳元で囁かないでくれるかい?」


「……っ?! な、なら手をどかして下さいよ」




 先輩は運動部だけあって力が男の僕より強い。いや、今は暑さで僕が弱っているからそう錯覚を覚えているのかもしれない。


「嫌だ」



 先輩は僕の頼みを即却下した。



 えぇっ?! なぜっ?!




 西に傾いて、山に隠れつつある紅い太陽に照らされて汗ばむ。虫たちの音が何処か遠くの事のように思えて。




 先輩の胸が身体に押し付けられて鼓動が速くなる。

 制汗剤の匂いや、先輩のシャンプーの匂いが僕の頭を侵食していく。


 運動してはいるけれど、よく見ると華奢な身体。


 出るところは出ていて、スタイルは滅茶苦茶良い。





 先輩の脚の間に僕の右脚がある。傍から見れば完全に僕が先輩を襲っている絵面。



 密着しているから、普段より一段と蒸し暑いく。汗が顎を伝って地面に落ち、染み込む。




 汗で濡れて少しひんやりとする制服。


 スカートの中に自分の右脚が入っている状態。


 右脚を動かそうにも先輩の太ももに挟まれて動かせない。




 僕の頭は混乱状態、鼓動は速まるばかり。

 心臓が口から飛び出てきそうな程に高鳴っている。

















 そして、耳元で囁かれる。











「私は、君の事が……好きだ」

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