蒸し暑い夕方の先輩後輩の恋の行方〜全ては虫から始まった?!
絶対人生負け組
蒸し暑い夕方の恋
5月に入り、暑くなってきた。
前までは5月はまだ涼しかったのに、こんな蒸し暑いのは地球温暖化のせいだろう。
時折吹く風が、髪を揺らして通り過ぎていく。
「はぁ……風は気持ちいいなー」
日が落ちるのも遅くなり始める時期。
赤い夕焼けをただただぼーっと眺めていた。
「君。何そんなに黄昏ているんだい?」
隣に座っている先輩が、優しい声音で話しかけてきた。
「いや、この季節になると虫とかも出てくるなーと思いまして……」
夕方。耳を澄ませば色々な虫の音が聴こえてくる。
まだ夏ではないが、この蒸し暑さだ。虫の音が聴こえるのも不思議ではないだろう。
「そうだな……もしかして君。虫好きなのかい?」
先輩が艶やかでよく手入れされている長い黒髪を揺らしながら、僕の顔を下から覗き込んでくる。
風が吹き通り、先輩の髪が激しく揺れる。そのせいで、シャンプーのとてもいい匂いが鼻腔をくすぐる。
けれど、その匂いはドキッと心臓を高鳴らせるような匂いではなく。何処か落ち着く、安心するような匂い。
「いえ、好きって訳ではありませんよ」
覗き込んでいる黒くて、先輩の純粋さを表すかのような澄んだ瞳をチラリと見ながら応える。
「むしろ、嫌いです」
先輩に質問をされると、何故か必要のない情報まで言ってしまうのは先輩の純粋さのせいなのかもしれない。
先輩の容姿は、カワイイ系ではなく美しい系。けれども、性格は好奇心旺盛な可愛らしい少女。
そのギャップに、出会った最初は思わず笑ってしまった。
先輩には、不思議と包容力が満ち溢れていて。もっと僕の事を知って欲しいと無意識のうちに思ってしまっているのかもしれない。
「ふーん……?」
先輩は質問の応えを訊いて満足したのか、覗き込むのを止めて、山に沈み行く赤い赤い太陽を眺めながらニヤリと笑った。
あ、これは何かいい事でも思いついた時の顔だ。
そう思ったらもう「何かいい事でもあったんですか?」と口を開いていた。
「いやいや、ちょっと想像したら面白くてね」
一体どんな面白い事を想像したのだろうかと気になったが、ククククと笑いを必死に堪えている先輩をみると微笑ましい気持ちになり聞く気が失せた。
「よっと」そう言って先輩は座っていたベンチから立ち上がりうーんと背伸びをする。
「どうしたんですか、先輩?」
「いや、ちょっとね。君は少しここで待っていてくれるかい?」
それは、
「どうしてですか?」
「こんな蒸し暑い中にいると喉も渇くだろう? だから飲み物を買ってこようかと思ってね」
「あぁ、そうですか」
こんなに蒸し暑いのだ。喉が渇くのは当たり前だろう。
「それじゃ、行ってきまーす!」
いつもより少しトーンの高い声。それはさっきの面白い想像とも関係があるのかもしれない。
「行ってらっしゃい」
先輩が手を振りながら後ろ向きで歩いて行く。
僕もそれに応えるように微笑みながら手を振る。
満足したのか先輩は前を向いてスキップをしながら自販機を目指し始めた。
と思ったら躓いて転けそうになった。
「あ、危なかったー!」
と遠くにいる僕にも聞こえるような声の大きさ。
「はは」
口元を手で隠しながら笑ってしまった。
僕はその光景が微笑ましくて、思わず口元が緩み笑いが溢れていたのだ。
先輩の姿が見えなくなると、前を向き半分くらい山に隠れてしまった太陽をみる。
「あぁ、好きだな……」
自然とその言葉が口から出てしまった。
ベンチから立ち上がり急いで周りを確認するが、先輩の姿はない。
はぁ、危なかった。もしも先輩が今のを聞いていたら笑われてしまうだろう。
ベンチに座り直して、遠くの山の風で揺れる木々をみながら、ここに先輩を呼んだ理由を思い出す。
前から接点はあった先輩。気が付けばいつも目で追ってしまっていて、もっと先輩と一緒に居たいという思いも湧き出てきた。
そして、最近気付いた。
これは――恋なのだと。
僕は先輩のことが――好きなのだと。
最初は先輩と一緒に居たくて帰り道、「寄り道しませんか?」と言ってこの場所に辿り着いた。
特に会話も思い付かずにお互いに自然を眺めて無言の時間を過ごしていた。
けれど、無言の時間は何故かとても居心地が良くて。ずっとこの時間が続けばいいなと思っていた。
たまに、なんでもない。学校でのことなど日常的な会話をして。
そして、今に至る。
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