第59話 魔王は夢中で笑い合う
魔法。
それは魔力を別の力に変換すること。
故に魔力が存在する場所であれば、どこだろうと魔法は使える。
深海だろうと天界だろうと異世界だろうと、夢の中だろうとも。
理論上は、だが。
魔王の記憶によれば、実際はほぼ不可能に近いらしい。
何でも、場所によって魔力の濃度や成分が変わってしまい、困難だというのだ。
もちろんそれをやってのける天才もいるのだが。
魔王?
彼は決して天才ではなかったよ。
まあ、できるまで努力は続けたらしいが、俺には理解しがたい。
何で、夢の中で魔法を使おうとしたのか。
いつか役に立つとでも、思っていたのだろうか。
□□□
「……倒スノダ、貴様ヲ、絶対ニイイイ!!!」
「嬲リ尽クス。我ガ手デ、痛メ続ケルウ!!」
「XXッ!!XXッ!!」
「アアアアアアアアアアッッッッッッッッ!!!」
殺意に満ち溢れた声に、俺は逃げ惑う。
何だかよく分からない奇声にも追い回される。
「ハァッ、ハァッ……!!」
魔王の魔力が暴走をして、はや数分。
自己の矛盾に絶望し、俺を倒そうと躍起になっている。
放っておけば勝手に消滅しそうだが、その間俺は足を休めることは許されない。
ただひたすらに、暗闇の中を駆け抜ける。
息が上がり、脈動のけたたましい音が頭の中で響く。
「なんで精神世界なのにッ……呼吸や脈拍があるんだッ……!!」
おかげで疲労が身体を蝕んでくる。
きっと賢者に聞けば立派な答えが返ってくるのだろう。
貴方の意識が、認識が、世界が……などと説明してくれるはずだ。
けれども生憎、今の俺にそんな暇はない。
足が動かなくなるまで、走り続けることに集中しなくては。
俺は顔を上げた。
その時、前から何かが飛んできた。
ヒュンッ
「ウオッ!?」
すかさず横に飛び退き、その正体を確認する。
それは遠ざかりながらもなお、声を発していた。
「倒ス倒ス倒ス……倒ス……ス…………」
おいおい、そんな奇襲ありかよ。
煙だと思って油断していたが、かなり厄介な相手だったようだ。
それに、急に立ち止まったせいか呼吸が乱れてしまった。
「ゲホッ!!ゲホッ!!……ガッ、アア!!」
落ち着け。
ここで焦っては、余計に息ができなくなるだけだ。
まだ後方の煙の姿は見えない。
安心して深呼吸、深呼吸。
「……ハァッ、ハァッ……グゥッ!!」
呼吸で胸が痛くなるのを感じつつ、俺は前方を見渡す。
けれど視界に入るのは黒い闇のみ。
壁も人影も見えない真っ暗な空間。
(俺は、いつまで、どこまで逃げ続ければ良い?)
端っこが見えない分、永遠に走り抜けられそうだ。
けれど突然の攻撃に気を張りつつとなれば、俺に限界はくる。
精神的にもキツい。
今も俺を狙って、大量の魔力が蠢いていると考えれば一層辛い。
「……ハッ!?」
一瞬、どこかに煙が見えたような。
「気のせいか?いや……それも分からないか」
暗闇、というのがいけない。
敵の影すらも隠してしまい、俺は余計に恐怖を駆り立てられるのだ。
さっき視界に入ったものが、幻覚か本物かすらも判断できない。
「……クソッ、何を怖がってんだよ」
俺が負けてしまえば、外にいる勇者パーティーも全滅だというのに。
目に見えない分、彼らが傍にいて欲しいと願ってしまう。
「この結末を望んだのは、俺じゃないか」
賢者がいてくれたら……俺を励ましてくれるだろうか。
そう想像するほどに、俺の心が弱っていく気がしてしまう。
「せめて、この暗がりをなくせたら、元気出るのにな……」
魔法で明かりを作れたら、なんて思う。
けれど生憎、ここは精神世界。
現実とでは勝手が違うのだ。
魔王の知識も役に立たない。
つまり今の俺は、無力な人間ってことだ。
「……俺は、逃げ切れるのか?」
不安が心をよぎる。
それが命取りだったのかもしれない。
「……倒スッ!!……倒スッ!!」
背後から聞こえる声が近づいてきた。
長い間、休み続けてしまったようだ。
俺は慌てて足を動かし、走り出そうとする。
助走を付け遅れた分、煙の方がスピードに乗っている。
「……追いつかれるッ!?」
俺は急いで右に曲がろうとした。
しかし横の暗闇から、別の声が聞こえてくる。
「……貴様ヲ消シ去ルゥ………」
「ハァ!?……だったら左か!」
と、考えるも遅かった。
もう1つの声が反対側からも、そして前からも響いてくる。
「殺スノダアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
「勝利スル勝利スル勝利スル勝利スルッ!!!」
……あっという間に、俺は煙に取り囲まれてしまった。
まあ、そりゃそうだよな。
人が煙の広がる速度に勝てるはずがない。
俺も疲れ切っていたし、きっとこんなに時間を稼げたのが奇跡なんだろう。
それにしてもこの状況……
「……四面楚歌ってやつかよ」
この魔力の渦が元々俺の中にあったことを考えると、実にピッタリな熟語だ。
国語のテスト以外で、使う機会はないと信じていたが……
本当に人生は分からない。
「孤立無援、完全包囲、無理難題に万事休すッ……」
とりあえず、今しか使う場面のない言葉をまくしたてる。
決してふざけてるのではない。
口を動かすことで、威勢を保ち続けようとしてるのだ。
「この世界の崩壊までに、俺の心が飲み込まれなければ勝ちなんだ。だったら意識を強く持ってれば死ぬことはない!」
問題はこの煙だ。
視界を埋め尽くす量にもなると、雲の中にいるみたいだ。
四方八方から迫り来る入道雲だと思うと壮観だなあ……
そんな訳ない。
俺にはそう見えているが、実際はもっと禍々しい魔力の塊なのだ。
触れただけで悲鳴を上げ、吸い込んで仕舞えば息の根が止まるほどの。
当然だが、俺がこれを受け入れた瞬間に、精神は消滅するだろう。
そんな危険物質は、ジワジワと俺に近寄ってくる。
なるほど、俺の不安を増幅させる気か。
一思いにはやらず、じっくりと苦しめようとする魂胆だろう。
ああ、全く下らない。
その程度のことで、俺が震え上がるとでも?
「恐……くなんてないからな!」
そう思い込まないと、やってられない。
大丈夫、外には仲間が頑張っている。
俺の心も容易く打ち破れるほどヤワじゃない。
だから、弱気になってはいけない。
その隙間を狙って、この魔力は俺を倒そうとするはずだから。
「さあ、来るなら来いよ!!俺を全力で滅ぼしてみろ!!」
俺は負けない。
魔王よりも強く、強欲という呪いにすら打ち勝った男だ。
世界最強の仲間だっている。
敗北なんてありえない。
けれど怖いから……俺は少しだけ目を瞑った.。
魔力が、俺に流れ込む。
思考が犯される。
俺は……
……
……
……
……
……
……
……
……
……?
あれ、何も起こらないな。
……もしかして、耐え切ったのか?
俺は薄っすらと目を開けてみる。
けれど相変わらず、魔力の煙が俺を囲っている。
ウネウネと揺れながら、俺を呑み込もうとしている。
けれど……何かに阻まれたように近づいてこない。
周囲を見渡すと、紫に半透明な膜が見えた。
かなり強硬なものらしく、激しくぶつかる煙を耐え切っている。
ドーム状の障壁が、俺の身を守ってくれているのだ。
「……私を倒した者が、この程度の敵に怯えるとは情けない」
黒いマント。
豪華な装飾の装備。
額から生えるのは、二本の大角。
「此の儘では、敗者である我の面目すら立たぬではないか」
「お前、何で……」
ギラリと光る目。
高飛車な態度な物言い。
そして堂々たる姿で、俺の前に立つ男がいた。
「なれば、この魔王が直々に手を貸す他はあるまい」
「……ハハハ、お前生きていたのか!!」
思わず笑いが溢れた。
そして奴も不敵に笑って見せた。
「光栄に想うと良い。我が前世の君よ」
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