第29話 魔王は何度も呟いた
過去から来た主人公が、未来自分を倒そうとする。
SFの鉄板ネタだ。
実際にそんな面倒なことは起こらない。
あるとすれば精々、
今の自分が過去の自分を思い出すことぐらいだろう。
一見すると単純なように感じる。
……それでも今の俺にとっては、かなり面倒な事に変わりないのだ。
いっそのこと、昔の俺をこの身体に降霊できたら……そう思ったが止めておく。
やはり俺の身体は、今を生きる俺だけのものだ。
何時から来た自分であろうと、俺の邪魔をさせはしない。
……例えソイツが、魔王だったとしてもだ。
□□□
「魔王、お前を倒す!!」
勇者がお決まりの台詞を吐く。
けれども今回は、俺に向かって放たれた言葉ではない。
目の前には戦士と射手、そして勇者。
彼らは俺を背にして攻撃の構えを取っていた。
……何だか1人足りなくないか?
そう思ったとき、視界の端に虹色の髪が映った。
よく見ると、俺の右手あたりには杖らしきものが握られている。
そして目線の高さがいつもより低く、視界は霧がかかったようにボヤけている。
俺は直前の記憶を思い返す。
確か賢者が「目を貸しなさい」と言った後、杖が光って……
となればこの光景は何なんだろうか。
俺は改めて周囲を見渡そうとする。
しかし……
動かない。
何故だろう、目線を動かす事はできるのだが、体は一切動かない。
まるで無理矢理に映画の観客席へ座らされたような感覚だ。
仕方なく、俺はできる範囲で周囲を観察した。
そして気づく。
いつもは正面からしか見ていなかったが、この場所は彼女が武器を構える筈の場所。
コレを最後の彼女の文脈とつなぎ合わせて考えると……
「過去の映像」
恐らくこれは、賢者の記憶。
俺はその断片を見せられているのだろう。
妙に視界がボヤけているのは、記憶が薄らいでいるからだろうか。
だが重要なのはそこではない。
これは一体、いつ頃の記憶だろうか。
……いや、俺は答えを知っている。
彼女が俺に見せるものといえば当然……と視線を向ける。
赤い絨毯の先、そこに奴はいた。
霞む世界の中で唯一、ハッキリと見る事ができる影。
人の形をしたソレに向かって、勇者は剣を向けていた。
アレが
すんなりと理解した事に、自分で驚く。
見た目も、雰囲気も、全くの別人。
俺の安っぽい演技とは違った、本物の邪悪。
真っ白な空間も、彼がいるだけで歪み始め、今にも張り裂けそうになる。
それでも世界が崩壊しないのは、彼がまだ何もしていないからだ。
不気味な程に凄然とした立ち姿のまま、優しそうに微笑む魔王。
それは、絶対に触れてはならない禁忌の存在に思えた。
だが勇者は立ち向かう。
「貴様によって奪われた多くの魂、今ここで弔わせてもらうっ!」
彼の足は力強く構えられ、剣は虹色に光り輝く。
それに呼応するかのように、仲間たちにも力が篭る。
この視界の持ち主だろう賢者も、杖を自分の正面に突き出した。
「…………」
魔王は小さく呟いた。
その言葉が俺の耳に届くことはなかったが、勇者は聞こえたらしい。
背後からでも分かるくらいに、感情が昂ぶりだす。
「キサマ…………ッ!!!」
勇者の声が聞こえると同時に、視界全てが業火に包まれた。
そこからは、全く理解できなかった。
炎や氷が飛び交っては壁や床を爆破し、部屋がみるみる傷ついていく。
戦士たちの姿が消えたと思えば、数秒後には全く別の場所に現れる。
音や閃光が感覚を混乱させ、魔王がどこにいるのかすら分からなくなる。
そもそも、俺が認識できる情報量とスピードを超えた現象が起きているため、戦闘の様子などを知る事 は出来ない。
精々賢者が杖を使って魔法を発動しようとするのを予測できるだけだ。
けれども流石に、魔法の内容を理解できるには至らなかった。
岩石の雨に落雷が
目と鼻の先で火柱が立ち上がったときは、思わず悲鳴が出てしまった。
だが魔王は笑っていた。
視界にノイズが走っていく。
音がテープの早送りのように高く変化していく。
周囲の速度が加速し、場面が次々と移り変わっていく。
そして倒れた満身創痍の魔王と、彼に剣を向ける勇者が視界に入ったとき、時間の流れが戻った。
完全に決着がついている、そう言える状況である。
最早魔王に勝機は見えない、勇者の剣が振られるのを待つばかりだ。
そうして、魔王は悲しげに呟いた。
「……助けて……」
俺には分かる。
これは正真正銘の演技であると。
けれども、これが魔王でなければ、きっと俺は同情を許してしまうだろう。
その声は、悲哀を誘うには十分すぎるものだった。
彼が魔王でなければ、誰もが手を差し伸べたくなるほどに。
もしも勇者ならば、尚更殺すことを躊躇ってしまうだろう。
勇者の動きが止まった。
勇者の剣が一瞬だけ止まった。
そして、それを魔王は狙っていた。
この隙を利用し、彼は急ぐように何かを呟く。
それは呪文なのだろうか、それとも遺言なのだろうか。
どちらにしろ、何か不味い言葉を唱えているようだ。
射手や戦士が慌てて勇者に声をかけた。
そうして一時静止していた勇者であったが、射手たちの声、そして魔王の様子を見て意識を取り戻す。
即座に反応し、剣を魔王の頭蓋に突き立て、真っ二つに切断した。
グシャリと嫌な音がして、その頭部は真っ赤に染まっていく。
賢者の視界に魔王の顔が捕らえられた。
魔王は笑っていた。
賢者は、剣を握りしめた勇者を見る。
彼もまた後味の悪い思いを持ったらしく、周囲を見渡す。
賢者の目を借りている俺ですら。生暖かい静寂に包み込まれる感覚を味わっている。
何故、魔王は死の際に笑っていたのか。
もしや今のは魔王ではないのか、分身なのか。
勇者パーティーが魔王を倒したことに半信半疑であることは明白であった。
そして彼らの目は戦士を捉えた。
戦士は俯いたまま、黙って立ち尽くしている。
「……戦士、どうした?」
勇者が心配そうに尋ねた。
だが、どこか警戒を持った口調でもある。
戦士は姿勢を変えないまま、ボソリと呟いた。
「………勇者」
「何だ?」
「……俺を……俺を……」
戦士は頭を抑える。
射手が不思議そうに声をかけた。
「……戦士?」
「……頼む……早く俺を……」
勇者が何かを勘づく。
そして、また剣を握りしめた。
「……勇者、俺を……俺を……!!」
戦士の身体が異様に震えだし、汗が吹き出している。
彼の目はグルグルと渦をかいて回っている。
勇者は気付いた。
「お前、まさかッ!!」
「俺を殺せええええええええッ!!!!!!」
戦士が顔を上げ、そして叫ぶ。
突如、戦士の顔は引きつり、血管は膨れ上がる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
声は段々と戦士のものから、別人のものへと変わっていく。
手が張り裂けんばかりに開かれ、持っていた槍がカツンと落ちる。
顎が大きく開かれ、髪の毛は逆立っていく。
そして鮮血を流し続ける目を、カッと見開いた。
「ああああああああああああああッ!!」
錯乱に陥った戦士は獣のような姿となり、勇者に向かって走っていった。
彼の瞳は、魔王の瞳の色に染まっている。
「……魔王めッ!!」
勇者は憎らしげに言葉を口に出し、剣を構える。
二人は対立した。
射手は彼らを見ながら、魔王の噂にあった言葉を呟いた。
それは魔王が何百年も生きるために必要となった魔法。
かつては霊媒師のみが使う降霊術であり、今では不死を保つ方法の一つとされる魔法。
彼はそれを極限まで高めることで、より高度な魔術へと昇華させた。
そしてそれこそが、地上最悪の魔術師と言われる
「魔王の……憑依魔法…………」
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