第28話 魔王の虚構と真実を



「魔法は完璧だった。バッドエンドを作り出すには十分だった」





 魔王の仕掛けた魔法陣。

 それは時間を巻き戻すという絶大な効果を持つ代物だ。

 自分の用意した空間で、自分の用意した魔法。

 最高のステージを用意した上での戦い、完全なる勝利。


 だからこそ、しくじるはずなんてないのだ。


 もし、あるとするならそれは……


「魔王が、その魔法を使う途中で殺された場合……そして他の誰かが魔法を使った場合だ」


 そう、不完全な発動による、意図せぬ現象。


 そうして、俺はここにいるのだ。

 けど……


「俺は魔法なんてもの、詳しくも何ともないんだ。だから詳しいことは説明できない。起点と結果を予測することしかできない」


 だから、俺の推理は憶測の域を出ない。

 けれども、それを真実にするしかない。


「仮に、勇者と魔王が相打ちになったとしよう。当然、魔王は死に戻りを始めようとしただろう……ここで誤算がなければ。その魔法陣の仕組みを理解し、勇者を蘇らせようとする人がいなければ」


 つまり、同じ魔法を二人が同時に使ったのだ。

 当然その魔法は、賢者と魔王の二人が発動したと考えるのが良いだろう。


「ここで重要なのは順序だ。世界は一度巻き戻り、死んだことすら無かったことになる……魔王は少なくともそう思っていたはずだ。けれども巻き戻しが二回発動したことで、ズレが生まれたんだ」


 魔法を同時に二つ発動することはあるだろう。

 けれども、寸分違わずにお互いが発動するとなると。話は別だ。


「それは僅かだったかもしれないし、数分遅かったかもしれない。ともかく、魔法はズれ、一つ効果が二回(・・)発動した。そしてその誤算が………俺を生んだ」



 一つ目の巻き戻しが行われる中、中途半端な所で二つ目が発動したとなれば。

 魔王の身体から離れた魂、その魂自体が巻き戻ることとなる。


 氷で考えれば分かりやすいだろうか。

 地面に投げ出された氷を逆再生するとしよう。

 おそらくは放物線をなぞりながら手元に戻っていくはずだ。


 だがここで、もう一つの逆再生が発動するとする。


 それは位置ではなく、状態に作用した。

 つまり氷が、凝固する前の液体、つまり水に逆戻りするのだ。


 この二つをまとめるとどうなるか。

 氷は手元に戻りながら、水に戻る。


 結果として、氷は時間が巻き戻ったことで、手から溢れおちる水となる。

 最初に正しく戻ったにも関わらず、最初とは異なる状態になった訳である。


「魔王の魂は身体に戻りながらも、状態も巻き戻った。魂の状態っていうのはつまり、記憶のことだ。そうして最後に残るのは、死に戻りをしながらも、記憶をなくした魔王。更に言えば、過去の状態に戻った魔王……それが俺なんだろう」



 魔王になる前の俺。

 俺は数年後に魔王になるのかもしれないし、何度も転生した上で魔王となる人生があるのかもしれない。

 だが俺の仮説では、俺はいつか魔王になる。

 そして魔王となった俺が、今の俺を呼び覚ましたのだ。

 身体は魔王、頭脳は高校生なんて言うのも、これなら説明がつく。


 まあそれも、説明としては減点対象なのだが。


「俺は、この魔法陣の意味も君から教わらなきゃ分からなかった。だから、これが正しいのかは、君の判断に委ねるしかないんだけれど……」


「ええ、それで十分かしら。貴方が魔法を知っていたとすれば……私は貴方を本気で殺なければならなかったから」


 殺さなければって……怖いな。

 もちろん純日本産の俺が、タネも仕掛けもない不思議を生み出せる訳はない。

 魔力は二次元の中にしか存在しないと思っていたのだから。

 ……いや、少しは俺の中に特殊な力があるなんて信じていた頃もあったけど。

 多分思春期の男子にはよくある妄念だったはずだ。


 それはともかく、賢者は僕の説明に納得してくれたらしい。

 張り詰めていた殺気も解け、俺も肩の力を抜く。


「フーーッ………本当に良かった」


 間違えれば拷問に似た無間地獄。

 閻魔大王ですら腰を抜かすほどの狂気の中に墜ちていただろう。

 俺の心境は安堵という言葉に尽きるが、彼女は言葉を続けた。


「さて私の望んだ解答は得られたのだけれども、やっぱり完全に正解とはいかないわね。まあ、当たり前なのだけれども……」


 彼女はそう呟き、杖を立てた。


「いいわ、貴方に真実を見せてあげる。少し目を貸しなさい」


「え………?」


 意味がわからず聞き返そうとした瞬間、杖にはめ込まれた宝石が輝く。

 白く眩いその光は、俺の視界を埋め尽くし、身体中を包み込んでいった。


「ウッ!?」


 強すぎるはなく、むしろ暖かな光だが、思わぬことだったので目を閉じてしまった。

 恐る恐る瞼を開き、何度か瞬きをする。

 段々と光は消えていき、部屋の様子も元に戻る。



 目が慣れてくると……視界がいつもと違っていた。



(……あれ!?)


 すぐ前にいたはずの賢者がいない。そして声が出ない。

 代わりに見えるのは、勇者パーティー三人の姿。

 彼らはいつの間にか戦闘態勢に入っており、俺とは別の明後日の方に注意を向けている。

 全員が武器を構え、俺は何故か賢者の杖を握っていた。


 そして……



(……あれは………)




 最悪の原点



 禍々しさの塊。邪悪と絶望で作られた肉体。

 不気味な程に美しい装飾。月よりも妖艶に輝く金色の角。

 闇を纏ったようなローブと狂気を象るが如く填められた手足の装備。

 目は視界に捉えたモノ全てを冷徹で薙ぎはらうかのような、深い混沌の色。

 それが俺たちを恐怖を植え付けるように睨み付ける。そして………





 魔王はニヤリと笑った。








 あれが魔王オレか。




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