第27話 賢者は優しく微笑んだ
もう、時間がない。
それは俺の方だったらしい。
時間を巻き戻す中で、俺は確実に犯されていた。
案外、自分では分からないものなのだと思う。
けれども、もう終わりだ。
俺は今、立ち向かわなければならない。
□□□
「……俺が魔王と言われた理由は3つ。派手な姿、無尽蔵の魔力、そして魔王の部屋にいたということ。けれども俺には説明がつかなかった。最初はな」
だが、この部屋が何のためにあるか、あの魔法陣は何だったのか。
それを理解したならば、話は別だ。
「この空間は魔王のために作られた。そして俺の魔力は、魔王のための魔法を起動できる。派手な姿は、俺を魔王のような姿に見せるためとでも考えておけば辻褄が合う」
「……一体何が合うというの?」
そう尋ねる彼女も、答えは出ているらしい。間違い探しをするように、俺の結論を求める。
だったら完全正解を見せるだけだ。
「つまり、誰かが俺を、魔王にさせたんだ。偽物なんかじゃなく、本物と成り代われるぐらいの能力を持たせて」
「……それだけ?」
彼女の顔が曇る。杖を握る手に力がこもった。
まずい、言い方が悪かった。
慌てて補足する。
「いや、違うんだ。成り代わるって言葉は適切じゃない。説明は難しいけれど、ここで考えて欲しいのは、魔王と無関係の俺を、魔王に仕立て上げるなんてまず不可能ってことなんだ。例え魔王と瓜二つの顔してるとしても、一度も会ったことのない人の真似なんてできないし、相手に違和感を与えるだけだ。しかも俺は何も記憶を聞かされてない。つまり俺が魔王にさせられる場合は、たった一つ。それは……」
そこまで言いかけかた途端、俺は固まってしまった。
「……それは、何?」
彼女は問う。
俺は答えなければならない。
「……それは」
「……それは?」
「……それは…………そ、それは……ッ」
何故だろう。
急に息が苦しくなり、視界が不安定になる。
自分の身体が、心が、コントロールできなくなる。
胸を締め付けるような痛みが、頭に纏わりつく緊張が、喉に張り付く乾きが、手足で広がる震えが、脳内に渦巻く恐怖が、今頃になって俺を襲ってくる。
「……そ……れは……」
「……」
彼女は俺をジッと見つめた。
何故だ、さっき言ったことを、もう一度繰り返すだけのに。
どうしてこんなに辛くなるんだろう。
いや、理由は知っている。
おそらく、これが謎の全て。
俺の悩み続けた道の
進み続けた道の
歩み進んだ先にあった、答え。
もう、口に出せば戻らない。
例え真実が決まっているものだとしても、ためらってしまう。
一番言わなければならないと願っている俺が、それを一番に恐れている。
その事実は、どうしようもない最悪だからだ。
もしそれを肯定されたとすれば、俺に未来はない。
吹き出した汗が、氷よりも冷たく感じた。
けれども、俺は言わなきゃいけない。
言って、証明しなきゃいけないのに。
間違じゃない、正しいって。
生きていたいって、そう思って探し求めた答えを、認めてもらわなくちゃいけないのに。
不安、そんな言葉は知っているのに。
分かっているのに。
俺は…………前に進めない。
「……大丈夫。貴方はいつだって前を見てきた」
それは、温かい光のような声。
「怖がる気持ちはあっていいの、それが挑戦することなんですから」
春の日差しのようだった。
慈愛に満ちた、固まった心を溶かすような言葉。
「それでも、貴方が辛くて立ち上がれないというなら」
俺は賢者を見る。
震える視界の中、その姿が輝き出す。
「貴方は貴方を信じなさい。勇者のように。射手のように。戦士のように」
彼女は、微笑んでいた。
「いつも、そうして戦ってきた貴方のように」
優しく、俺を励ましていた。
今までに見たことのない、母親のような柔らかい顔。
どうして、敵である俺に、そんな気持ちを向けられるのだろうか。
いや、違うな。
彼女はいつだって俺を見ていてくれた。
それを俺が勝手に敵だと思い込んでいただけだ。
はは、……女の子に応援されているなら、俺はやるしかないよな。
俺は目を閉じ、再び開けた。
心は、静寂に満ちている。
俺は口を開いた。
「……記憶はないんだ」
彼女は頷いてくれる。
だったら、迷いはない。
「……けれども、俺は魔王なんだ」
答えは出ている。
「俺は、記憶をなくして……記憶が戻った……魔王その人。だからこそ、俺は魔王じゃないし、魔王に一番近い存在なんだ」
「……つまり、貴方は何者なの?」
彼女は問う。
俺は、答えた。
「俺は、前世の記憶が蘇り、現世の記憶をなくした魔王だ」
彼女は静かに答えを聞き、そして息を吸った。
それは何時間のようにも、一瞬のようにも感じる。
彼女はやがて、俺を見た。
虹色の髪がフワリと揺れ、俺の視界を彩った。
「正解よ」
俺の追い求めていた言葉が、今そこにあった。
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