第4話 千智と美咲(1)

「ただいま」「・・・ただいま」

僕たちは、家へと帰ってきた。

美咲の声はちいさい。

3LDK+庭付きのアパートだ。

「おかえりなさいませ、幸多さま、美咲さま」

アイランドキッチンの奥から巫女装束の女性がやってきた。

赤い緋袴に白い襦袢、掛襟は袴と同じ赤だ。

背中の中ほどまである黒髪を、赤い大きなリボンで項のあたりで結っている。

彼女の名前は、柊 千智(ひいらぎ ちさと)。

僕の親父が営む神藏大社の巫女である。

といっても、位階を持たない一般巫女だ。

位階というのは、由緒正しい血筋である4正家の子供が基本持っている。

序列がそこにあるかというと大差はない。

ただ、4正家であるかどうか。

各家ごとには序列はあるようだが、僕は知らない。

4正家。神楽宮がその一つである。

「千智さん、すいません。お昼、外で食べてきてしまって」

「美咲さまが、朝『お昼いらない」と言ってたので」

美咲のほうを見る・・・あ、いない。逃げられた。

まったく、美咲は。

僕にも前もって言っておいてよ。

「きっと幸多さまとデートがしたかったんですね」

「そうかもしれませんね、やれやれ」

僕は自室に戻って着替えをすることにする。

僕の部屋は、一番北側の部屋だ。

それで、美咲の部屋が僕の部屋の向かいになる。

とりあえず、部屋着に着替えよう。

黒のTシャツにスエットを履いただけのかなりラフな格好だ。

コンコンっとドアから小さな音がする。

「どうぞ」

ガチャっと僕の部屋が開いて入ってきたのは美咲だった。

美咲は、もこもこでピンクとパープルのパステルが特徴のパーカーとショートパンツのルームウェアを身に着けていた。

「美咲?どうかした?」

「ねむい」

そういうと美咲は、僕のベッドに入り込んだ。

またかぁ、いつもどうして僕の部屋に来るの?

美咲は、自室で寝ることがほぼない。

幼い頃からずっと一緒に寝てる。

ほんとはダメなんだけどなぁ。

「幸ちゃん、幸ちゃん」

「あ、はいはい」

僕は、美咲の隣へと移動して胡坐を掻いて座り込む。

彼女は、僕の胡坐を掻いた足の上に頭を預けてくる。

「幸ちゃん、幸ちゃん」

「はいはい」

美咲の頭を撫でる。

これがいつものルーティーン。

美咲は、千智にも懐かない。

いつも、世話を焼いてくれているのにだ。

千智は、僕たちの世話をするために同居している。

なのだが、あまり僕というか美咲になるべく干渉しないようにしている。

干渉することによって、美咲がストレスと感じると立場的に困るから。

そのため、僕も一定の距離を保っている。

最初は、僕は一人暮らしだった。

千智と美咲が一緒に住んでいたんだ。

だから、千智は不登校になった瞬間を知っているし美咲を助けられるのは僕しかいないと思っている。

でも、僕はせめて二人には仲良くしてほしいんだよなぁ。

千智は、僕らよりも一回りくらい年上だ。

だから、姉のような存在なんだ。

本当だったら心を許せる同性なのにな。

昔は、甘えていたのに。

いつの間にか、美咲の寝息が聞こえていた。

規則正しい呼吸音。

おやすみ、美咲。

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