第29話 パン工房
「保乃、保乃大丈夫?」
その場からぜんぜん動こうとしないので、心配になったのか有美が私に声を掛けてきた。
あの時、あの爆発の現場のことが頭から離れない。
粉塵爆発を起こした現場に現れた防火シャッターに私達は愕然としてしまった。
別に爆発で敵を全員、吹き飛ばしてやろうと思っていた訳ではなかった。ただ何度来ても撃退してやると脅す目的だった。
それなのにそんなもの効かないぞと嘲笑われてしまったような気がした。
その場に腰砕けになってしまった私の脇を通り過ぎ、岡島さんがシャッターに近づいて行っていることに何の疑問も抱かなかった。
それがあまりにも不用意な行為だとは全く思わなかった。
『バン、バン、バン』と音が鳴り響き、有美が『きゃーっ』と叫び声をあげるまで、全く思っていなかった。
班長があの場にいたら違う結果になっていただろうか。
私は血飛沫を上げ崩れ落ちてくる体を受け止めることしかできなかった。
シャッターの向こう側から視線を感じ空いた穴から先を覗くと目が合った。
飛奈だった。
飛奈は口角を上げほくそ笑むと、こちらに背を向け走り去って行った。
動かなくなった岡島さんを布でくるみ、最後に顔を塞ぐと手を合わせた。
常に私達の前に立ち先導してくれた事、班長や栗林、光牙が殺られた時、寄り添っていてくれた事、過去にあった事を思い出し涙が止まらなくなる。
しかもそれをやったのが幼馴染みというのだからやりきれない。
5人いたSPはもはや私だけ。これからどうしていけばいいのだろうか。
狙われているのは私ではない。ましてや有美でも朱璃でも女生徒達でもない。
職務として守らなければいけない対象の大沢は既にこの世から去ってしまっている。
見ず知らずの今日会ったばかりの坂口とかいうおっさんをこのまま守り続けなければいけないのだろうか?
もう負けを認めて投降してしまおうか。
降参すれば飛奈の事だ、きっと命をとるようなことはしないだろう。何だかどうでもいいような気分になってきた。
「パンでも食べましょう」
有美がそう言ってパンを差し出してきたが、正直食べる気にはなれなかった。
「皆んな、美味しいって食べてるよ」
周りを見ると全員が美味しそうにパンを頬張っていた。どこから持ってきたのだろうか?
「どうしたのこれ?」
「こっちの棟ではね。パンも作ってるのよ」
「パンも?」
私が不思議そうにパンを見つめていると、有美は少し微笑んだ後、そのパンの事を説明し始めた。
「この施設はウイルスの研究や新薬開発だけでなく、長期で保存出来る食品の開発や悪条件下でも美味しく育つ野菜や果物の研究、汚水を飲み水に変えれるフィルターの開発なんかもやっているのよ」
「そしてここは、長期保存出来るパンを開発、研究をしている部所なの」
なるほど!だからあれほど大量の小麦粉があったのかと思った。
有美から受け取ったあんパンの封を開け、一口頬張る。
口の中にパンの風味が広がり、遅れてアンコの甘さが広がった。強い甘味ではなく、まろやかなその甘味は私の好みにピッタリだった。
「美味しい」
一口食べただけで思わずそう叫んでしまった。
「美味しいでしょ?保乃のその言葉と表情を見たら、ここの部所の人達きっと大喜びするわよ」
「!!」
そうか、そうだった。ここの部所にも人がいたんだ。ここには将来の平穏のために日夜努力し続けている人達がいたんだ。
その人達が無惨にもテロ行為を受け、意識混濁させられ理性を失う羽目になっている。そして今なお辛酸を嘗め続けている。そんな事を許しておけるはずがない。
そんな暴挙をした奴等を許しておく訳にはいかない。無関係なのに被害にあわれた人達を早く救いだして上げなければならない。
私は負ける訳にはいかないんだ。焦点を失い掛けていた目に行く末が見え広がっていった気がした。
「有美、力を貸してくれる?」
「どうするの?」
「何か話ができるような環境を整えられないかしら?」
実力行使ではもう無理だ。向こうには1対1でも勝てるかどうか分からない相手が3人もいる。
此方が有利な状況で話し合いをするには、もう有美の知謀に頼るしかないそう思った。
有美は私の問いかけに難しい顔をしていた。
「なんかさー、どこかの部屋に追い込んで窓越しに会話できたりしないかな?」
「そんな都合のいい部屋ないわよ。あってもどうやって追い込むのよ。それに施設の制御は向こうが牛耳ってるんだから無理よ」
「あの、おっさん突き出しちゃえば」
朱璃が私達の会話に割って入ってきた。朱璃らしい淡白な発言だなと思った。まあ私もさっきまでそう思っていたから、攻めれるような立場ではないが。
「突き出したら瞬殺されて話できないまま終わっちゃうわよ」
そう言うと朱璃は納得したようだった。幸い坂口所長は私達の会話には興味を持っていないようで聞いていなかったようだ。
「なら、追い込むんじゃなくて、おびき寄せる方法とかないの?」
再び朱璃が口を開いてきた。
その言葉に有美が何か閃いたような顔をした。
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