第五話
「華鈴見えている?」
「ええ、大丈夫よ、あなた気をつけるのよ」
「大丈夫よ」
皆んなだいぶ私のことを心配しているみたいだけど、普通に求人募集を見て来た人間の体に、カメラが仕込んであるなど考えもしないことだろう。そもそもコイツ等は命を粗末にしているというのに、悪いことをしているという自覚がない。
麻薬密売業者に潜入するのとは訳が違う。警戒などさほどしていないだろう。これから動物愛護法違反の摘発が厳しくなれば別なのだろうが、今はほとんど警戒などしていない。現に監視カメラの1台も見当たらない。
入り口前でインターホンを鳴らし求人募集を見て来た者ですけど、と声をかけると野太い声で今行くんでちょっと待っててねと言われた。もう既に獣臭とアンモニア臭が鼻についてくる。中はどんな感じになっているのだろうか?
ここは県道から外れ林の中を5分ほど車を走らせた位置にあった。道はここで行き止まりで、この地に目的がある人以外はここを訪れることはないだろう。人に見られたくない作業をする場としてはちょうど良い環境だ。
そこの敷地はブロック状の建材が人の背丈を遥かに凌ぐ高さにまで積み上げられていて、これ程高いブロック塀がなぜ必要なのだろうかと思わせる。その高いブロック塀がある為、中を様子は窺い知る事はできない。
その前の敷地に5台の車が無造作に停められている。駐車枠はないようなので私も無造作に乗って来た車を停めさせてもらった。中には飛奈、梨名、天衣が身を隠し待機している。
入り口は大きな木製の門となっていて、そこも隙間は見当たらず中を覗くことはできなかった。隣に人一人が出入りできるようなドアがついていて、しばらくするとそのドアが開き中年で小柄な小太りの男性が顔を出してきた。
私を手招きし中に案内するといきなりいつから働きに来れるの?と聞いてきたので、今日からでも働けますと答えた。するとそれは助かるー、じゃあ早速お願いするからこっちきてと奥の方にどんどん連れて行かれた。
「姉ちゃんこんな辺鄙なとこで今日から働きたいなんてキズもちかなんかかい?」
中年男が軽い感じで聞いてきた。
キズもち?一瞬なんて答えようか迷ったが、昔はやんちゃしてたもんで、と苦笑いしながら答えると、じゃあ姉ちゃんはここで働くのは適任だよ、と言ってきた。 ちょっとクセがある職場でねー、普通の方はすぐ音を上げちゃうんだよ。キズもちくらいがちょうどいい職場なんだよね、と言ってきた。適当に答えたが大丈夫だったようだ。キズもち、おそらく前科持ちかどうかということだったのだろう。
しばらく進むとプレハブ小屋が2つ見えてきて犬の鳴き声が大きくなってきた。
プレハブ小屋の脇に芝生が張られた柵で覆われた空間がある。情報通りだ。その向こうには工事現場にあるような簡易の建物が見られた。
男は私を警戒することもなくプレハブの中に案内する。カメラの位置を確認しマイクの部分を2度叩くと『大丈夫、見えてるわよ』と、華鈴の声が聞こえてきた。ここまでは何の問題もなく順調に来ることができた。
「ごめん、ここから先は犬好きの私には耐えられないと思うから、必要になったら声かけて」
梨名はそう言ってヘッドホンをつけるとそっぽを向いてしまった。その様子を見た天衣はヘッドホンしてても聞こえているんですよね。と言ったが梨名は無反応だった。
「ちょっとリーダー聞いてくださいよ!梨名さんこの前ね、ショーウインドーに突っ込んでたんですよー、ドジですよねー」
「コラー!それは内緒のはずだろ!」
「やっぱり聞こえてたんじゃないですかー?」
「そいうこと言うなら私だってあれバラすわよ」
「あれって何ですか?」
「あれって、ドアノブ破壊事件だよ」
「ちょ、ちょっと、それは言わない約束じゃないですかー」
「自分だって言っただろ!この手加減知らずの怪力女」
「あなた達ちょっと静かにしなさい!」
華鈴から叱責が飛んだ。
「すいませんでしたー」
「すいませんでしたー」
中に入ると獣臭とアンモニア臭が酷い、衛生環境が整えられているとは思えない空間だった。中年男は私が顔をしかめている姿など気にも留めず、早々に仕事の内容を説明してきた。
「朝来たらまず柵の上に表示してある日数を忘れずに変えること」
それはなぜかと尋ねると生後56日を経過しないと引き渡しが出来ない法律になっているからだと説明してきた。そこにはざっと見て50ほどの区切られた個別スペースがあり中で母犬が仔犬に母乳を与えている姿が見られる。クッションのようなものは敷かれているが衛生状態が良いようには見えなかった。
56日経過すると母犬から仔犬を取り上げ、工場長がオークション会場に持って行くとのことだった。そして母犬は繁殖可能なら向こうのケージに入れ、不可能ならもう一つのプレハブ送りになると伝えてきた。
私にはその繁殖可能な雌犬が集められたケージと、仔犬を世話している母犬への餌やりと排泄物の処理をお願いするとのことだった。
もう一つの空間には大きく5つに分けられたスペースがあり、そこにトイプードル、マルチーズ、チワワ、ミニチュア・ダックスフンド、ポメラニアンが分けられ数匹ずつ放されていた。
そっちの世話はしなくていいのかと聞くと、姉ちゃんキズ持ちだからハッキリ言うけど、向こうにいるのは雄犬で餌は病気になった奴を与えているから餌やりはしなくていいと言っていた。
「病気になった奴って?」
何となくどういう意味なのか分かっていたが、はっきりとした言葉で聞きたかったので聞き返すと、この中で病気になった奴だと仔犬が育てられているスペースを悪びれることもなく指差してきた。
私は絶句してしまったが平静を装った。そしてマイクを叩く、『ちゃんと録音できているわよ』そう聞こえてきた。今の言葉だけで、はらわたが煮えくり返っているがここは我慢と言い聞かせ話を進める。
「食事はいいとして排泄物の処理はどうしてるの?」
それは兄貴が気が向いたら床に放水して一気に洗い流すからいいんだ、と言ってきた。それは兄貴の仕事なのかと聞くと、ギャンブルに負けた腹いせにストレス解消にやっているって言ってきた。なんで放水がストレス解消になるのよ、と聞くと雄犬に向かって放水すると、慌てふためくのでそれが爽快なんだそうだと言った。
私はもう呆れて言葉にならなかった。その姿を見た中年男は、いいんだよアイツらは繁殖のために助けてやっている存在なのだからと言ってきた。どういう意味?と聞くとアイツらの体をよく見てみろ、と言われたのでマジマジと観察すると、耳が曲がっていたり、足が曲がっていたり、目が潰れている姿が見られる。
繁殖業をやっていると奇形のものが一定数生まれてくるらしい、そいつらは売れないから繁殖ように使うらしい。その言葉を聞いて母犬の方に目をやると同じく何かしらの奇形が見られた。
病気持ちは雄犬の餌用に使い、奇形は繁殖用にする効率的な方法だろと悪びれるどころか自慢げに言ってきた。
コイツ等は本当に人間なのだろうか?
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