30
ミドリside
「自分を過剰に傷つける……?」
茨水さんはまるで意味を理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべていた。そして紅蓮くんが言った言葉の真意を探ろうと、茨水さんの姿勢が前のめりになったのも見えた。
僕は人に伝えることは不得手だ。だから僕は僕に出来ることを成そうと決め、結局得意の緑茶を淹れることにした。もうそろそろ湖麦さんも来るだろうし、五人分作っておこうっと。
ソッと音も立てず隣の給湯室に向かい、僕お気に入りの葉を急須に入れる。
「こんに……ちは?」
あ、湖麦さんが来たみたいだ。ドアを開けた瞬間にこの場の張り詰めた雰囲気を感じ取ったらしく、茨水さん達に話しかける前にこちらへやって来た。
「緑さんこんにちは。」
「こんにちは~。今日も変わりない?」
「はい。茨水様が校内を頻繁に見回りされるようになってから、生徒間で少し緊張感が出まして。ああ、悪い意味ではないんですけど。それのおかげで前よりは平穏に過ごせています。」
「そっか~」
「はい! 絡まれることが減ったので、のんびりお昼ご飯も食べられるようになりました!」
嬉しそうに報告してくれる湖麦さんがまるで妹のように見えて。僕は無意識のうちに湖麦さんの頭を撫でていた。
「そっかそっか~。良かったねぇ。」
湖麦さんは嫌そうな顔をせず、僕に撫でられたまま話を続けた。
「それにしても、私としては茨水様が何者か気になって仕方がないんですよ。あんなに生徒先生関係なく慕われて、茨水様のことを悪く言う人なんてほとんどいません。校内新聞もチラッと見ましたが、あそこまで聖人君子を体現した人はなかなかいませんよ!」
「う~ん……もしかしたらそれが茨水さんの考える『完璧』なのかもね~」
「完璧?」
「うん。茨水さんって完璧って言葉に向かって突っ走っている感じだもの。」
緑茶を蒸らす時間も終わり、コポコポと湯のみにお茶を注ぎながらも話は続く。
「それは……すごいですね。私なんて全般的に不器用で鈍臭くて、取り柄といったら腕力くらいなんですよ。」
「へぇ! それはもっと誇っていいと思うよ~! 僕はひょろひょろしてて力もないし、緑茶淹れるくらいしか得意なことないし~。」
「緑先輩のお茶、美味しいですよね! それも十分誇っていいと思いますよ? というか誇ってください!」
「そうかなぁ~」
「……」
「……」
「……」
「……」
お互いがお互いを褒め合っていると、二人とも同じタイミングでパッと正気に戻った。数秒の沈黙が僕と湖麦さんの間に流れる。
「「ふふ」」
何故褒める事柄で言い合っていたのだろう。そう考えると無性に笑えてきて。
僕と湖麦さんは茨水さん達が僕達に気付いて話しかけてくるまで笑い続けるのだった。
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