第2話:冒険書籍と辺境の旅
レミィは馬車に揺られ、とある領地の視察へと向かっていた。
目指すは帝都の北西部、従属国の一つアルバーナの北ヴァイスレイン領。
同じく従属国である、ワルトヘイムとの国境付近にある広大な領土である。
「ヴァイスレインか……どんなところだったかのう……」
そこは軍事的にも商業的にも要衝とは言えない辺境の地……。
唐突にレミィがそんな辺境に向かっているのには訳があった。
先日手にした一冊の本『今日から始める滅亡回避』に目を通しての行動だ。
どうやらこの本が、重要な歴史の
ここに記された導きに従い、行動することで、そのとおりの未来が訪れる……。
いわば、この予言書の結末こそが、世界の結末であるということだ。
だが、その書式は、今までレミィが目にしたこともないタイプのものだった。
■1、君は、上位の存在より啓示を受け、世界を滅亡から救うことを……
A:決意し、立ち上がった。 →2へ行け
B:諦め、再び眠りについた。 →14へ行け
中表紙を開いた先、見開きの右上には大きく番号が記されていた。
そして簡単な状況説明と共に、文脈を断ち切る選択肢が目に飛び込んでくる。
全体が少し光ったような気もしたが、勢いのまま次のページを開く。
そこには同じように、右上に2と記された状況の説明と選択肢があった。
番号はページ数を意味しているわけではなさそうだ。
と、見慣れない書式に戸惑い、最初のページに戻った瞬間、レミィは我が目を疑う。
──これは……どういうことなのじゃ?
そこに書かれていたはずのBの選択肢が消え失せていたのだ。
自らの意思でページをめくったその時、Aを選択したということになったのだろうか?
もしAを選んだことでBの選択肢がなくなったというのであれば大きな問題だ。
つまりこれは、選択のやり直しをすることはできないということを意味する。
その先は読み進めていくまでわからないのだ。
そうなれば、思いどおりの結末になるとは限らないということで……。
──ぬー……これは軽はずみな選択をするわけにはいかんのじゃ……。
Bの選択肢が指し示していた番号も一応記憶はしている。
だが、二つの選択肢をどちらも選ぶというような行為は明らかにイレギュラーだ。
書式に則って考えれば、不正行為とも取られかねない。
この不可思議な予言書を道標とするしかない状況で、リスクは避けておきたい。
今は、その導きに従っていくしかないのだ。
ページを捲ろうとしていた指先を放し、レミィはそのまま読み進めることにした。
そこで新たに提示された選択肢。
■2、北西の辺境ヴァイスレインに異変が起きている。そのことを知った君は……
A:視察に向かうことにした。 →6へ行け
B:大臣に任せて、茶会へと急いだ。 →14へ行け
そして今に至るのだ。
「殿下から、直接のお申し出だって?」
「あんな辺境に何があるのか……殿下のお考えはわからんな……」
「が……これは役得というものよ!」
同行する護衛騎士たちの声が聞こえる。
レミィは今年で12歳。
既に社交界へのデビューは果たしており、その存在は広く周知されている。
だが、まだ臣民や臣下から評価されるような実績は何も持っていない。
年齢を鑑みれば、当たり前の話だ。
大きな武功を立てたわけでもなく、優れた政治力を発揮したわけでもない。
ただ皇女である……というだけの存在だ。
にもかかわらず、帝都におけるレミィの人気は非常に高い。
理由は単純明快、生まれながらにして恵まれたその容姿である。
雪のように透き通る白い肌、貴金属のように輝く長い白金の髪。
そして何より絵に描いたかのように整った容貌。
それは、体の小ささも相まってまるで人形のようにも見えた。
幼いレミィが自ら辺境への領地視察を申し出たことに皇帝陛下は歓喜し、即座に了承。
護衛の募集にも希望者は殺到し、急な召集であるにも関わらず瞬く間に定員が揃った。
そして、あれよあれよという間に計画は進み、こうして視察が実現した次第だ。
──ありがたいことなのじゃ……。
一人で行けと言われれば行けない話でもないのだが、同行者がいることは心強い。
時折、レミィは馬車の窓から顔を見せ、愛想を振り撒く。
この外遊時にレミィが好んで纏う軍服姿は、特に人気があるようでウケがいい。
笑顔ひとつで士気が上がるというのであれば、いくらでもやろうというものだ。
「さて、問題はここからなのじゃ……」
ひととおり周囲の状況を確認したレミィは、一人呟きながら予言書へと目を戻す。
前の選択肢に記されていた、辺境ヴァイスレインでの異変……。
選択肢から飛んだ先には、同様に右上の番号と簡単な状況の説明が書かれていた。
だが、その異変というのがどういったものなのかは、詳しく記されていない。
それどころか、次の選択肢らしきものが書かれていないのだ。
「……これ、14には記載されとるのかのう?」
興味がないわけではないが、好奇心に殺されるわけにはいかない。
他のページを捲ることはせず、レミィは予言書をそっと閉じた。
「失礼します、殿下!」
ちょうどそこで馬車と並走する騎士からの声がかかった。
「そろそろヴァイスレイン領内です。ただ、領主の館まではまだ距離があります。今日は、一旦この辺りで野営することになりますが、宜しいでしょうか?」
まだ、それほど陽は落ちていないが、安全のためにということだろう。
「うむ、承知したのじゃ」
窓を開き、騎士に対して笑顔で応える。
と、その時、膝の上に置いていた予言書が突然、光を放つ。
「ぬ!? なんなのじゃ?」
まるで読むべき場所を示すかのように、予言書は自らページを捲っていく。
膝から滑り落ちそうになるところを、レミィは慌てて手で支えた。
開かれたページは前の選択肢で飛んだ先。
そこには、先ほどまで記されていなかった選択肢が追記されていた。
■6、野営をしていると、そこにボロボロの布を纏った少年が現れた。君は……
A:直々に、声をかけた。 →18へ行け
B:騎士たち任せて、その場を離れた。 →25へ行け
「ふむ……こういう感じで続きが出てくるのかえ」
流石に自動的に開かれたことには驚いたが、これで先に進むことはできそうだ。
見る限り、選択肢自体もあまり内容に差があるようには感じられない。
どちらを選択しても、それなりに進展があるようには思えた。
──下手に出しゃばらんほうが、騎士たちの負担にならんような気もするのじゃ。
頭の中で独り言を呟きつつ、無意識に今のページに指を挟んだまま25へと進む。
と、そこに記されていたのは、思いもよらない凄惨な情景だった。
ボロを纏った少年に、同行した8人の騎士たちが全て惨殺されるというのだ。
その内容に慌てたレミィは、そのまま先ほど指を挟んでいたページへ戻ってしまう。
──って、しまったのじゃ!
時に既に遅く、気がつけば6を開いた状態になっていた。
だが、そこには先の選択肢が二つとも記されたままだ。
■6、野営をしていると、そこにボロボロの布を纏った少年が現れた。君は……
A:直々に、声をかけた。 →18へ行け
B:騎士たち任せて、その場を離れた。 →25へ行け
「ぬ? これは……アリなのかえ?」
若干動揺していたレミィは、内心ホッとした。
理由はイマイチわからないが、今回は両方の選択肢が残されている。
他にこれといった異変も起きてはいない。
先の記述を見た以上、ここはもはや一択だろう。
レミィは、やや緊張した面持ちで18へと読み進める。
そこには先ほどよりも遥かに穏やかな状況の説明が記されていた。
だが、やはり選択肢は記されておらず、勝手に先に進むことはできそうもない。
「正解が見えんのじゃ……」
文字どおり先の見えない予言書の書式に、不安を抱かざるを得ない。
少なくとも、先に記されていたあの惨劇よりは、いくらかマシな選択であってほしい。
そう願いつつ、レミィは再び予言書を閉じた。
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