今日から始める滅亡回避!皇女の冒険書籍体験記

火ノ鳥 飛鳥

第1章

第1話:伝承管理機構と帝国の皇女

「ぬ? ここはどこなのじゃ?」


 壁一面が本棚に覆われ、出入り口らしきものも見当たらない大きな部屋。

 積み上げられた無数の本に囲まれた空間に一人、少女は立たされていた。

 飾り気のない木製の調度品で揃えられた部屋。

 そこは少し埃っぽく、古い紙の香りが漂っている。

 少女の名はレミィ……レミィエール・フィーダ・アズ・グリスガルド。

 大陸最大の勢力を誇る神聖帝国グリスガルドの皇女にして、唯一の皇位継承者である。

 そんな高貴な身分たる彼女が、なぜこのような部屋にいるのかというと……。


「ぬー……図書館……宮殿にこんな部屋あったかのう?」


 本人にはまったく心当たりがなかった。


「ようこそ、皇女殿下」

「はやぁっ!?」


 突然呼びかけられたレミィは間の抜けた声を上げる。

 辺りを見渡すが、声の主らしき者の姿はない。


「何者なのじゃ? 誰かるのかえ?」

「失礼いたしました、私はここです」


 その呼びかけに応え、目の前に現れたのは豪華な装丁の施された一冊の本だった。

 分厚いその本は、ちょうどレミィの顔の位置ほどの高度で浮遊したまま話し続ける。


「改めましてごきげんよう、皇女殿下。私は伝承管理機構、上級管理官No.008:コデックスと申します」


 丁寧な挨拶をする書物の形をした謎の存在は、自らをコデックスと名乗った。


「でんしょー……かんり……きこー?」

「伝承管理機構です」


 レミィはそのまま、ワケもわからず、ただ聞きなれない単語をそのまま鸚鵡返しする。

 改めて周囲に目を向けるが、どう見てもこの本以外に何かが居る様子はない。


「本……が話しておるのかえ?」


 思いもよらぬ相手の姿に、驚くと同時に興味が湧く。

 少なからず、今まで本で話を読むことはあっても、本から直接話をされたことはない。


「ええ、そうです。ここは伝承管理機構の中枢部、今日は、貴女にお話があってお招きしました」

わらわに? 話とな?」

「はい、端的に申し上げますと、貴女の住む世界は厄災に見舞われ10年後に滅亡します」


 そんな初めての体験で耳にしたのは、ロクでもない話だった。


「はやぁっ!? それはどういう意味なのじゃ?」

「そのままの意味です」


 相手の形状が本である以上、そこに表情というものは存在しない。

 その口調からも感情らしきものは全く感じられなかった。

 だが告げられた言葉の内容は、あまりに衝撃的なものだ。

 もしそれが真実であるとすれば……。


「にわかには信じられんのう……どうして未来の出来事が貴様にわかるのじゃ?」

「それが伝承管理機構の役目だからです、としか申し上げることができませんね」


 もっともな疑問を投げかけるレミィに対し、コデックスはハッキリと答える。

 とはいえ、その返答はあくまで事務的なもの。

 納得できるような情報ではなかった。


「そもそも、伝承管理機構というもの自体がよくわからんのじゃ……」

「伝承管理機構とは、あらゆる次元、あらゆる世界の伝承を管理し、正しい歴史を後世に伝える、時空を超えた番人のようなものです」


 曖昧な言葉で終わらせまいと、レミィは続けて問いかける。

 そこに被せるように、コデックスは早口に言葉を連ねてきた。


「正しい……歴史?」


 話の合間を縫って、レミィは気になる言葉を繰り返す。


「ええ、皆さんお気づきではないようですが、歴史が改竄され、未来が書き換えられるという可能性は、どこの世界にもあるのです。その歴史の改竄を未然に防ぎ、あるべき未来へと導くのが私たちの役目です」


 当たり前の様に語られる突拍子も無い内容。


「そして、貴女の世界が厄災に見舞われ10年後に滅亡するというお話は、その改竄によって起きる、言わば外的要因による出来事なのですよ」

「そう……なのかえ?」

「信じるか信じないかは貴女にお任せします。ですが、私たちは貴女の世界を救うために、こうして情報をお伝えしています」


 想像の域を超えた話の展開にレミィは思わず絶句する。


「ご理解いただけましたか?」

「ふむ……」


 そう返事こそしたものの、理解が追いついているかというと微妙なラインだった。

 歴史の改竄に未来の書き換えといった、普段耳にすることのない言葉の羅列。

 おまけに世界の滅亡とまでくると、スケールが大きすぎて実感が湧いてこない。

 とはいえ、それを回避する方法があるというのならば、聞いておいて損はないだろう。


「で、どうすれば、その滅亡を回避できるのじゃ?」


 と、軽い気持ちで聞いてみるが……。


「それはお答えできません」

「はやぁっ!?」


 まさかの回答にレミィは眉を顰め、不信感と残念感を露わにする。

 だが、そこに慌てた様子もなくコデックスは話を続けた。


「私たちは、世界に対して直接影響を与える様な、行動や助言を禁じられています。たとえそれが第三者による歴史の改竄であったとしても、その世界の住人になり変わって解決することや、解決する方法を提示することはできません」

「それは……また、頼りにならん話なのじゃ」

「ですが、歴史の改竄によって何が起こり、どうなってしまうかを伝えることはできます。そこから、その世界をどうするかは、あくまでその世界の住人の判断に委ねられているのです」


 最初から一貫して変わらない、淡々とした口調。

 ただ、そこにわずかな感情の揺らぎがあることは感じ取れた。


「なるほどのう、相分かったのじゃ」


 レミィは、ひとまず了承し相手の言葉を待つ。


「先ほどから何度もお伝えしている話ではありますが、この世界は厄災に見舞われ10年後には滅亡します。そこに至るまでには、いくつもの重要な歴史の分岐点ターニングポイントがあるのです」

「ふむ……」

「貴女には、その分岐点ターニングポイントをお伝えします。そこからは、貴女自身で判断し、行動して、あるべき本来の道へと軌道を修正してほしいのです」

「責任重大なのじゃ……」

「どうか、世界を滅亡から救ってあげてください」


 一方的な話ではある。

 とはいえ、それが自分の世界の存亡に関わっているというのならば無碍にもできない。


「コデックス……だったかのう?」

「はい、如何なさいましたか?」


 レミィは、ここまで丁寧に説明をしてくれた相手の名を改めて確認する。

 そして、そのまま、一つ気になっていたことを問いかけた。


「どうして、こんな重要な役回りにわらわを選んだのじゃ?」

「どうしてとは?」

「他にもっと、適任の者がったのではないかえ?」

「いえ、貴女以上の適任者など、この世界には居ませんよ」


 答えたコデックスの言葉には、表情が見えずともわかる笑みが明らかに含まれていた。


「あの竜と人の間に生まれた子など、そうそう居りませんから」





 ふと気がつくと、そこはいつもの寝室……。

 見慣れた天蓋のベッドにレミィは寝そべっていた。


 ──夢……だったのかえ?


 あの部屋の雰囲気、埃っぽい空気感、そして無数の本から漂う古い紙の香り。

 突拍子も無い内容だったが、同時に、妙に現実味のある内容でもあった。

 とはいえ、先の出来事が夢ではないということを証明できる物的証拠はどこにもない。


「ふむ……まぁ考えてもしょうがない、まずは……ぎにゃぁ!」


 二度寝しようと目を瞑った瞬間、顔の上に何かが落ちてきた。


「なんなのじゃなんなのじゃ! なにが降ってきおった……の……じゃ?」


 何かに顔面を強打されたレミィは跳ねるように身を起こす。

 と、その枕元に落ちている少し小ぶりな一冊の本が目に入った。


「この装丁は……」


 どこかで見たことがある。

 そう、先ほど夢で見た……いや夢ではなかったということを証明する物的証拠。

 背表紙には、古代語でこう書かれていた。


『冒険書籍:今日から始める滅亡回避 監修:伝承管理機構』


 レミィがその本を手にすると、突然、自動的に最初のページが見開かれる。

 中表紙を開いた先のページに記されていたものは……



 ■1、君は、上位の存在より啓示を受け、世界を滅亡から救うことを……

 A:決意し、立ち上がった。  →2へ行け

 B:諦め、再び眠りについた。 →14へ行け



「はやぁ? 意味がわからんのじゃ……」

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