久下軽羽のお子様救済記
みすたぁ・ゆー
第1道:軽羽の使命
第1節:見知らぬ丘の上で……
目が覚めると、私は丘の上に仰向けに寝転んでいた。
鼻の中に漂ってくる土と草の香り、そしてどこまでも広がる青空。肌を撫でる風は優しくて心地いい。
――おかしい。私は自分の部屋のベッドの上で眠っていたはずなのに。
しかも服装は紺色のブレザーとスカート、シャツの上にはみかん色のベストという私が通っている高校の制服だ。
なによりも不可解なのは白のソックスと茶色の革靴。少なくとも靴まで履いたその格好のまま、自室で眠るということはあり得ない。
もちろん、私を起こしてしまう危険を冒してまで誰かが着替えさせたとも考えにくい。
つまり眠ったあとに運ばれたり何かをされたりということはないと思う。
やっぱりまだ夢の中ってことだろうか?
確かにそれなら全て納得がいくけど、こんなに意識がハッキリしているなんて。これが
「そもそもここは……どこなの……?」
「――最初の世界さ」
私が何気なく呟くと、不意にすぐ横から聞き覚えのある声がした。驚いた私は慌てて上半身を起こし、声のした方を向いてみる。
「
そこに真顔で
私の両親は自宅の敷地内に開設した小規模保育所を経営しているんだけど、彼はそこで働いている保育士さんだ。
うちの保育所には保育士が3人いて、そのうち2人は私の両親。つまり唯一、雇っている保育士さんということになる。
年齢は私より8歳年上の25歳で独身。身長は180センチメートルくらいあって、見た目は細いけど実際にはガッシリとした筋肉質の体をしている。
それに爽やかな雰囲気と清潔感のある身だしなみ、整った目顔でイケメンの部類に入るのではないだろうか。
そしてそれだけの高スペックなら彼女くらいいてもよさそうなものだけど、そういうご縁は今のところないらしい。
まぁ、うちの保育所で働いていたら出会いがないからそれも仕方ないか……。
もしあったとしても子どもたちのお母さんくらいだろうし、それだと恋愛関係に発展したところで昼ドラみたいなドロドロとした不倫関係になりそうだけどね。
「
「えぇ、確かに。昨日のことですよね?」
それは昨日の夕方――
保育所で預かっている子たち全員を親御さんに引き渡して、椎谷さんに報告しに行った時のことだった。その際に私は彼から『子どもたちを救う仕事をしてみないか』と頼まれ、確かに『ぜひやりたい!』と即答した。
だって私は子どもたちが大好きだし、彼らと一緒にいられることがなによりも幸せだから。
でもそれがどうしたというのだろう?
「キミがこれから巡る世界では、たくさんの子どもたちが救いを求めてくるだろう。彼らを助けてやってくれ。キミにその力を与える」
椎谷さんがそう言った途端、カメラのフラッシュでも焚いたような強い光が目の前を包み込んだ。
その眩しさに、私は思わず顔を逸らしながら目を瞑る。
直後、目を開けて視線を戻した時には、そこに木製の杖と手のひら大の水晶玉っぽいものがフワフワと浮かんでいたのだった。
特に杖は仙人が持っているもののようなデザインで、登山用とか歩行補助用といった感じのものじゃない。実用性というよりはコスプレの小道具といった印象だ。
――これって手品っ? どういう仕掛けなんだろう? タネが全然分からない。
でもこんな特技があるなら、保育所の子どもたちに披露すればいいのにと思う。たちまちみんなの人気者になれるはずだ。
椎谷さんは怖い雰囲気の時がたまにあるから、子どもたちがあまり懐かないんだよね……。
そういえば、今の彼はその状態に近い気がする。
怖さや冷たさは感じないけど、他人を寄せ付けない空気をまとっているというか。でも周りに対する親しみの心が全くないというわけでもない。
うまく表現が出来ないんだけど、住む世界の違う気高い存在が庶民を
「久下軽羽、その杖と珠を受け取るんだ。そして子どもたちを助けてほしい」
「なんかよく分からないことだらけですけど、子どもたちと一緒にいられるなら何でもこいって感じですよっ! だって子ども大好きですしっ☆」
「頼んだよ……久下軽羽……」
「はいっ」
私は目の前に浮かぶ杖と珠を手に取った。
でもその目を離した一瞬の隙に椎谷さんの姿は煙のように消えてしまい、私はポツンと取り残される。
その場に流れる沈黙。吹いてくるそよ風は肩の上くらいまで伸びたふたつ結びの茶髪をなびかせているだけ。
いやいやいや、具体的な説明は何もないのっ? どこへ行って何をするのかも分からないし。
「まったく、椎谷さんは無責任だなぁ……」
私はため息をついてからゆっくり立ち上がった。そして周りを見回してみると、丘の下に小さな村があることに気付く。
もちろん、見覚えがある場所ではないし、そもそも家の感じからすると日本でもないと思う。
「とりあえず、あそこに見える村へ行けってことかなぁ? ま、考えていても仕方がないし、行動してみますか」
私は珠をスカートのポケットに押し込み、杖を振り回しながら村へ向かって砂利道を歩いて行ったのだった。
(つづく……)
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