第13話 三つ同時発動へのヒント

 翌朝、すべての装備を馬車の荷台に積み終えたバートランド一行は、愛馬に跨った“姫騎士”ラナを伴って件の遺跡へと出発した。

 当面は街道を進むため、案内人の教員に御者を任せ、バートランドは低出力の同時発動の技を磨くことにする。


 単にふたつを同時発動すればよいわけでもない。“虹の勇者”なら当然青、赤、緑、白の魔法はすべて同時発動できるほどでなければ務まらないのではないか。なぜだか知らないが、その意識が強く頭をもたげている。


 すでにふたつなら安定させる自信がある。しかし、三色の混合ともなるとその困難さは途方もない。

 おそらく“虹の勇者”と呼ばれるようになるには最低でも三色は同時に扱えないと難しいだろう。さすがに選ばれし勇者と言われるだけのことはあるのだ。


 今は青の〈湧き水〉と赤の〈加熱〉それに白の〈浄化〉を混ぜる特訓をしている。

 すでに水に〈浄化〉を加えると〈石鹸水〉が出来あがることが広く知られていた。

 しかしタリッサとスキルトそしてクラウフォーゼの三人がそれぞれ魔法を発動させても、水温はそれほど上がらずしかも〈殺菌〉とまではいかないのだ。かなり薄いものしか生まれない。

 おそらくそれぞれの魔法が干渉しあい、力を弱めてしまうのだろう。

 それでも洗口液としては使えるため、毎食後にそれを使うことにしている。遺跡探索者も“歯が命”だからだ。


 もし青、赤、白の同時発動が可能となれば、毎日お風呂に入ることだってできる。今は空の水樽に〈お湯〉を注いでシャワーにしているくらいで、石鹸は別途探索道具として学園から支給されたものしか使えないので、あまり頻繁に使えない状態なのだ。


 ずっと難しい顔をしていたので、クラウフォーゼが済まなそうに声をかけてきた。

「バートランド様、とりあえず単色での三種同時発動を優先させましょう。三つ唱えるのが難しいのか、色の干渉で難易度が飛躍的に上がっているのか。そのあたりの見極めも必要となるでしょうから」


 馬車の荷台の中で上を向き、幌の揺れを見てから下を向いて右手で頭を掻いた。

「ああ、そうだなクラウフォーゼ。確かにいきなり三色混合に挑んだのが悪かったのかもしれない。同じ系統となると、白の魔法だとどのあたりにしようか?」

 問われたクラウフォーゼが顎下に左手の人差し指を添えた。


「そうですわね。〈昼白光〉と〈光の盾〉は慣れているでしょうから、〈光の矢〉あたりでしょうか。ちょっとわたくしもやってみますわ」

 〈昼白光〉が灯ると同時に〈光の盾〉が現れる。しかしすぐには〈光の矢〉は出てこない。

「あれ? もしかしてクラウフォーゼでも難しい、とか?」

 戸惑ったような表情を浮かべながら、なんとか〈光の矢〉を出しはしたが、〈光の盾〉が消えていた。


「これは、かなりの難易度ですわね。バートランド様が苦労した理由がわかった気がします。私も同時発動からの切り替えはできるようになったんですけど……」

 優位に立てると思ったのか、スキルトが赤の魔法を三つ同時に発動させようとした。だがやはり同時にふたつが限界なようだった。


 それまで三人の行動を見ていたタリッサだったが、ひとつの提案をしてみた。

「それじゃあ皆で三つの魔法を同時に発動する競争をしましょうよ。そうすればゲームみたいで楽しそうじゃない?」


 バートランドはあることに気づいて、思いとどまった。


「それだとラナが不利だよね。彼女は騎馬での移動だから挑戦できないんだし」

「言われてみれば……。でもバートランドが三色混合に挑戦するためにも、単色の三つ同時発動はできるのかどうかを確認しておいたほうがよいとは思うの」

 “才女”タリッサが思案した。

「先生、ラナが下りた馬を馬車と並走させられますか? できるのでしたら彼女に荷台へ来てもらいたいのですが」

「まあ騎士団の馬ならできるでしょう。戦場で主人を亡くした馬を連れ帰るように訓練しているはずだから」

「それでは、お願いします」




「で、私にも三つの魔法の同時発動を特訓しろ、と?」

「バートランド様が“虹の勇者”として開眼するには、今正体のわかっている四つの魔法つまり青、赤、緑、白を同時に使用できるようになるのが最善だと考えますわ。それで単色の魔法使いは同時にいくつまで発動できるのか。それがわかればバートランド様も目標が持てると思いますわ」

 ラナは視線を右下に外して考え込んでいる。熟考するときの彼女のクセだ。

「よかろう。私としても、三つ同時に使えれば戦術も広がるからな。剣術とふたつの魔法の同時発動はできるとわかっているから、まずは三つ同時を極めて、それを剣術と織り交ぜられるかを特訓していけばよいだろう」

「えっ? ラナはふたつと剣術のミックスがもうできているのかい?」

 彼女はゆっくりと頷いた。


「ということは三つの魔法も使えるんじゃないかな?」

 バートランドが期待を込めた眼差しを向ける。

「いや、体術は魔力とは関係ないからな。魔法と同じように考えてはならん」

「ということはラナにも難しいってことか」

「そうとは限らん。ふたつの魔法は魔力を縦に積み上げることで発動できた。ということは三つ目も縦に積むイメージで練習していなかったか?」


「ああ、そうだけ……ど……って……。あ、そうか。そうだったんだ!」

 ラナはにやりと口元を上げた。

「そういうことだ。縦に積むから意識が混ざってしまう。であれば──」

 他の四人が同時に口に出した。


「横に置く!」


「そうか! 縦に積むから意識が一直線になって混ざってしまうんだ。軸を変えて存在させればまだやりようはある!」

 皆がそれぞれに鍛錬を開始した。


「えーっと、つまり、最初の魔力を真ん中に置いて、その上にもうひとつの魔力を置く。そして隣へさらに魔力を置く……」

「で、三つに意識しながら同時に異なる魔法のイメージを注いでいけば……」

「できる……はず……!」

 皆の魔力が一気に噴き上がり、馬車の荷台は高濃度の魔力に満ちてくる。


「ちょっと君たち、このままだと馬車がもたないから、野営地に着くまではおとなしくしていなさい。それか、ひとりずつ順番に試してみるとか」

「はい、先生。気をつけます」

 バートランドは案内人にそう答えると、挑戦する順番を決めていった。


 なぜだろうか。バートランドは長く馬車に揺られているはずなのに、生気に満ちた表情を浮かべていた。



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