第4話 クソガキどもは死刑にしろ!


 坂本弁護士事務所に金田翔平の国選弁護人の依頼が舞い込んできたのは、飛行機雲が長く尾を引く秋晴れの日だった。


 整った顔立ちに知的な眼鏡、清潔感のあるスーツに身を包んだ津愚見勝之は、資料を投げ捨てるように机の上に置いた。

「冗談でしょ? 私にこのクソガキの弁護をしろと?」

「あのなぁ、勝之ちゃん。それが弁護士の仕事なんだよ。検事に未練があるのは分かるが、今のおまえは弁護士だ」

 所長の坂本は肩を竦めながら答えた。

「私の考えはご存知ですよね?」

「ああ。知ってる、知ってる。何度も聞いた」

「クソガキは死刑にすべきです。奴らは更生なんてしないし、しても誰の得にもなりません」

「わかった、わかった。だが、それを俺に言っても仕様がないだろ?」

「国選の拒否はできるでしょう」

「残念だが無理だ。俺にもできる事とできない事がある」

「世間を騒がすクソガキの犯罪ですよ! この手の弁護が好きな輩が──」

 そこまで言って津愚見は言葉を止めた。

 飄々とした表情の奥、弁護士として数多の犯罪者を弁護してきた男の目に険しさがある。


「……嫌がらせですか?」

「さあな。だが主犯の金田翔平については、弁護士はおまえ1人だけだ。協力者である北村文弘と鈴原英斗には、5,6人の弁護団がつく予定だがな……」

「私は間違った主張はしていません。検察だからこそ、正しさを追求すべきだ」

「あのな、勝之ちゃん。人は正しい正しくないだけで動く生き物じゃないんだ。そんなもん他人にとってはどうでもいい事さ。多くの人間にとっては、目の前の感情がすべてだ。お偉いさんは特にそうだ」

「だから間違ったことでも見逃せと?」

「やり方の問題さ。日本人は一に忖度、二に忖度だ。多くの人間が集まるほど善悪よりも感情が優先される。そのやり方を学ぶために、おまえの親父さんは、検察官をクビになったおまえを俺の事務所に預けたんだ。それくらい分かるだろ?」

「私には夢があります。犯罪をしても許されると思っているすべてのクソガキを死刑にしてやることです。その最初の仕事が、何の罪もない少女を輪姦し殺害、バラバラにした遺体を学校に放置したクソガキの弁護ですか!?」

「そうだ」

 坂本は微塵の動揺もなく答えた。

「わかりました。必ず極刑にしてやります」

「弁護してよ~」

「弁護の余地すらないクソガキだと思いますが?」

「頑張って探してみるの。たとえば幼い頃に大好きだったお婆ちゃんが亡くなったとか」

「では、白いご飯を食べたことが非行に走った原因ですね」

「勝之ちゃん~」

「幼い頃に祖父母、または曾祖父母が亡くなる経験を持つ子供はほぼ100%です。白いご飯を食べたことのある子供も約100%です。なんの矛盾もないと思いますが?」

「あるでしょ? 心の問題が。人が死ぬのと白ご飯を一緒にしちゃ駄目でしょ? そういうところだよ~。とにかく、勝之ちゃんの仕事は、金田翔平の罰を軽くすること。弁護士として実績を積むことが、勝之ちゃんの夢を叶える近道だと思うよ~」


 金田翔平の犯した犯罪は、連日メディアを騒がせた。

 病弱な少女が善意の募金からドナー手術を受けることができ、第二の人生を手に入れた。夢と希望を胸に健気に生きていたところを、クソガキどもに拉致され、2カ月半にわたってアパートの一室に、全裸で首に鎖をつけての監禁。

百人以上の男たちにレイプされ、性器や肛門への異物挿入、殴る蹴るの暴行、汚物や昆虫を食べさせられたり、最後の方では灰皿やペットボトル置きとして活用され、人間の尊厳を剥奪された状態だった。

さらには、すべてを諦めた彼女に過去を語らせ、両親へも想いを綴らせ、生きる希望を与えたのち、首を切断して殺害した。

 レイプの様子も殺害の瞬間もネットで拡散され、消えることのないデジタルタトゥーとなって遺族の心を苦しめた。死後も被害者の尊厳は傷つけられている。


 遺体は全裸のまま、彼女が通っていた学校のホールに設置された。モズの早贄のように陰部から首にむかって鉄の棒をさし、垂直に立てられた状態で。その足元には、涙の跡が残る無念に満ちた彼女の生首が転がっていた。

人柄が良く学校でも人気のあった少女。行方不明となってからも、多くの生徒たちが自分の家族のように心配していた。

そんな生徒たちが、彼女の無惨な死体を発見したときの衝撃は計り知れない。何人もの生徒たちがトラウマを発症し、現在も学級閉鎖となっている。


 津愚見は腸が煮えかえるほどの怒りを覚えた。

 典型的なクソガキの所業。こんな犯罪者を構成させ社会に再び解き放とうとする日本の法律の異常さに反吐が出る。なぜ国は被害者ではなく、こんなクソガキの人生を守ろうとするのか? 極刑さえも生ぬるい。


 だが、今の津愚見の仕事は、このクソガキの弁護をすることだ。

 おそらくは自分をクビに追い込んだ元上司の仕業だろう。

 クソガキは死刑にすべし。

 そんな考えを持つ自分に、クソガキを弁護させる。

 しかも世間では、津愚見勝之という弁護士は、頭のイカれたクソガキを擁護し罪を軽くしようとする共犯者に映るだろう。津愚見のプライドはズタボロになる。


 だからと言って、手を抜くことはできない。弁護士としての役目を放棄すれば、これ以上法曹界にいることはできなくなる。一般人になれば「少年法を撤廃し、クソガキどもを死刑にする」という津愚見の夢は、夢のまま終わってしまうのだ。

「クソがっ!! この国の法律は間違っている!!」

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