第10話 未定稿1



 ほんの少しだけ我慢すれば、ものごとが上手く回っていく。我慢というのはちょっと大げさかもしれない。焦点をずらすとでも言ったほうがいいのか。

ショウガ焼きが二枚あったら、小さい方を選ぶ。本当は大きい方が欲しいけど、そう言うと争いが起きるから、弟には「僕、肉はそれほど好きじゃないから」と言っておく。「その分、野菜炒めを多めにもらっていい?」それを聞いた母親は、次回から僕には小さい肉を盛るようになる。いつの間にか自分でも「僕は自分の意思で肉をあまり食べない生活を選んでいる」と思うようになる。

 自分は本当に肉が好きだったのか今ではよくわからないし、もはやどちらでもいいけれど、ふと疑問に思うことがある。僕が本当に食べたいものってなんなんだろう? 

 この間、部活のみんなとファミリーレストランへ行ったときに、煮込みうどんを頼もうと決めていたにも関わらず、なぜか口をついて出た言葉は「ステーキ定食」だった。自分でもちょっとびっくりしたけど、みんなは僕が普段どんなものが好きかなんて知らないので、違和感を覚える人はいなかった。これが本音なのかな、と思うと同時に、高校を卒業したら家を出ようかなと思った。

 中学生のときは、卓球部に入っていたけど、思えば選んだ理由は、拘束時間の長い運動部の中で一番きつくなさそうだったからだった。活動が好きかどうかはあまり関係なく、学校にいる時間を、少しでも長くしたかった。まあまあ楽しくはあったけど、当時のことはもうあまり覚えていない。

 高校に入って、部活がない人も図書室や教室に残って遊んでいることを知って、僕もそうするようになった。そのうちに、人数が足りないから名前だけでもとせがまれて、文芸部の部員になった。せっかく文章を書く部活に入ったからにはなにか投稿したいと思っているけど、真面目に書くと、外に出すのはちょっと、という内容になってしまう。これも、書き始めてはみたものの、ちょっと外には出せそうにない。

 高校には同じ中学だった人がほとんどいなくて、みんな僕を知らない人ばかりになった。

チャンスかもしれないと思った。今まで、幼稚園、小学校、中学校と持ち上がりだったので、「町田はこういうやつ」というのがなんとなくみんなの中にあった気がして、知らずのうちに、そのイメージの範囲内で振る舞っていた。これ以降はがらっとイメージを変えてしまっても大丈夫なのかもしれない。中学校を卒業するころになると、そわそわし始めた。どんな自分になりたいのか、小説や漫画を読みながら、始終考えていた。

 だけど結局、環境が変わっても、僕はそのままだった。今までと同じような役割をこなすほうが楽なので、楽することを覚えてしまったのだろうか。

 久々に会った中学の同級生が半年やそこらですごく変わったのを見ると、白けてしまう。誰だかわからないほど変わることはないにしても、みんな新しい環境で、より自分らしくなっていくことに成功しているように見えてしまう。外見はさほど変わってないにせよ、話してみると「こいつ、前より賢くなった」とか「こんなにいろいろ考えてるやつだったのか」などと驚くことがある。一方僕は、「町田君は変らないね。安心するよ」とよく言われる。自分では全然安心できないけど。

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