待ち伏せ

 一直線に向かうのではなく、迂回して目的地へ向かうのは一抹の不安があったが……。

 ピエールの方向感覚は確かなもので、夕刻を迎えようかという時分には、目的の農場へと辿り着く。


「へえ……。

 外の世界では、こうやって大勢で野菜とかを育てて食い物を確保してるんだな。

 話には聞いてたけど、実際、目にしてみると森の暮らしとじゃ大違いだ」


 農場の近くに存在する森へ隠れ、木の上から問題の農場を偵察していたイルが、幹から滑り降りながらそんな感想を漏らした。


「看板ってやつはなかったな。

 ただ、農夫って人っぽいのは大勢暮らしていた。

 その人たちが寝泊まりするための建物もあるし、これはもう、話に聞いてた町ってやつと同じじゃねえか?」


「さすがに、町は大げさ。

 言葉の定義は難しいけど、この規模だとせいぜいが村。

 ……周辺の一番近い村からでも、徒歩で半年はかかる距離がある。

 隠れ潜んで何か悪巧みをするには、確かにうってつけの場所」


「それで、魔法使いっぽい人は見かけましたか?」


 ピエールの問いかけに、仮面の少年はかぶりを振って答える。


「いいや、みんな俺にとってみれば初めて見る……魔法使いじゃない人間だな。

 杖を差してねえし、身のこなしとかで何となく分かる」


 おそらく、イルの勘働きに間違いはあるまい。

 そう判断して、うなずく。


「万が一、この農園で働く全員が闇の魔法使いだったりしたらお手上げだったけど……。

 やはり、少数の人間がここを隠れ蓑にしていると思って間違いない」


「そんじゃ、続行だな!

 動くなら夜だろ? 腹ごなししようぜ!」


 イルがそう言いながら、背嚢はいのうから燻製肉などを取り出す。

 保存食での軽食にも、そろそろ慣れてきたもので……。

 ミヤは、夜になるまでの間に十分な休息を得ることができた。




--




 ――火付け。


 ――強盗。


 ――殺人。


 おおよその悪事というものは、夜間に行われるのが常であったが、それにしても、星と月の明かりだけを頼りに動くというのは何とも不便で、そういったことを行う人間の気持ちがうかがい知れない。

 リアカの術を使えば視界も確保できるのだが、こっそりと侵入するのにそんなものを使うわけにはいかず、ミヤは夜目のきくイルとピエールに先導し続けてもらう他なかった。


「ミヤ様。

 どうです? そろそろ慣れてきましたか?」


「多少は、ものが見えるようになってきた。

 でも、本当に多少。

 ピエールはともかく、同じ人間であるはずのイルがどうしてそこまですいすいと動けるのか、本当に不思議」


「こればかりは、慣れだな。

 夜を友として、生活する以外に鍛える方法はねえ。

 ……と、あの小屋か?」


 あの小屋か? と聞かれたところで、ミヤの目にはうすぼんやりと周囲の光景が見えるだけである。

 しかし、ピエールははっきりとそれを捉えたようで、イルの言葉にうなずいてみせた。


「はい、間違いありません。

 ミヤ様、もうすぐ屈辱を晴らせますよ」


「……そうだといいのだけど」


 短く答えながら進むと、ようやくミヤの目にも問題の小屋が見えてくる。

 なるほど、ここまでの道中は、あえてそうしているのだろう未伐採の木々に囲まれ、ちょっとした林のようになっており……。

 働いているという住み込みの農夫たちも、あえてこんな所へやって来ることはないだろうと思えた。

 まさに、何か悪事を働くにはうってつけの場所であるのだ。


「ピエールの話によれば、一階では使い魔たちが世話をされている。

 ないとは思うけど、もし、使い魔と感覚を共有している者がいれば、すぐに侵入はばれる」


「でも、ばれたところですぐ来れる位置にいなけりゃ関係ないだろ?

 こっちはさっさと、その……証拠品ってやつか?

 そうなりそうな物を見つけ出して、ずらかればいい」


「問題は、誰か留守番をしていないかですね」


 ピエールの言葉に、イル共々杖を取り出してうなずく。


 ――イイイイイン。


 とこやみの杖は、戦いの予感を察知したのか静かに鳴動を発していた。


「その場合は、戦うしかねえな」


「……できるだけ速やかに倒して、無力化する。

 可能なら、それを連れ出すことができれば、ヒルデスに代わる証人となる」


「まあ、素直に話してくれるとは思えませんけどね」


 それで、無駄口……あるいは、最後の打ち合わせは終了となる。

 まずは、イルが小屋の扉にそっと手を押し当て……。

 そして、これを開いた。


 外観は粗末なものであったが、案外と手入れが行き届いているらしく、音もなく扉は開く。

 その先にいたのは、なるほど、カゴに入れられた使い魔と思わしき動物たちであった。


「大人しいもんだな」


「使い魔となった動物は、半ば自我を失う。

 だから、知性の高い存在は使役できない」


「ボク、ミヤ様と念話以上につながれるなら、それも悪くないなあ……」


「バカなことは言わない」


 そんな会話を交わすと、ピエールが室内の片隅を指差す。


「ここの棚、前来た時と場所が違います。

 えっと……前は、ここにありましたね」


 そう言いながら、ピエールが棚を押した。

 すると、それは大した抵抗もなく横に動いたのである。


「ここ。ここです。

 ここの床が、開きます」


 ピエールが、実際に棚のあった床を開いてみせた。

 なるほど、そこは隠し戸となっており……。

 開けた先には、地下へと続く階段が存在している。


「この仕掛けで入り口を塞いでたってことは、誰も下にはいないってことか?」


「そうとは言い切れないけど、その可能性は高い。

 荒事にならないなら、それが何より」


 三人でうなずき合い、自然とイルが先頭になって階段を進む。

 このような地下となると、完全な暗闇であり、さすがのイルも壁伝いの手ざわりを頼りに歩む他ない。

 階段を踏み外さないよう、慎重に下りていくと、どうやら地下階に出たようだった。


「やっぱり、誰もいないようだな。

 そろそろ、リアカを使ってもいいんじゃねえか?」


 注意深く室内を見回すイルであるが、そこは暗闇の支配する空間であり、そう結論を下す。


「なら、私が点す」


 うなずき、リアカの術を行使しようとしたミヤであったが……。


「それには及びません」


 突然、そのような声が響き渡ると共に、室内が一斉に明かりで照らされた。

 各所に配したろうそくを、油の染みた糸同士で繋いでいたのだろうか……。

 自然な火に照らされた空間で、ミヤたちに向けられていたのは――いくつもの杖だ。


「闇の魔法使い……」


 杖の持ち主たちを見て、そううめく。

 先頭に立ってそうしている男は――ゲルマン。

 その他の者たちも、装いこそ様々であるが、いずれも戦闘慣れした雰囲気を漂わせており……。

 全員が闇の魔法使いであると見て、間違いあるまい。


「ようこそ、おいでくださいました」


 一同の最奥に控えた老人……。

 農夫が着るようなつなぎをきた人物が、その格好に見合わぬ優雅な一礼と共にそう告げる。


「諦めて杖を捨てな。

 まさか、この人数に囲まれて勝てるとは思ってねえだろ?」


 先頭のゲルマンにそう言われ……。

 ミヤとイルは、手にしていた杖を捨てざるを得なかったのであった。

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