就活は紙風船のように

快楽原則

面接で大事なのはやっぱり中身

 今年で大学四年生になる境田さかいだ秀一しゅういちは、アパートの自室で頭を悩ませていた。

 そんな彼の悩みの種は、もっぱら就活についての事だった。

 

 早い人なら三年の夏ごろには既にスタートしている就活。彼は三年生ももう終わりという二月の下旬になってようやくその重い腰を上げたのだった。

 文系である境田は、理系のように手に職といった感じでもなく、文系だからといって別に海外留学の経験なんかもあるわけではなかったし、特にサークルに所属しているわけでもなかったため、さっそく行き詰ったのだった。

 就活系の本になら何かうまい書き方が乗ってるんじゃなかろうかと、せっせと大学の生協に入っている本屋まで出向いて買ってきた次第だった。

 

 結果、彼は『内定を勝ち取るESの書き方』なる本とにらめっこする羽目になったのだった。

 境田が本屋で適当に見繕ってきたその本は実にわかりやすくまとめられており、何かの部門で売り上げ一位を獲得しているらしいことも妙に納得させられる出来だった。

 しかし本の内容の良し悪しと、境田の現状が必ずしも良い様に結び付くわけでもなかった。

 

 ページをめくってもめくっても、境田が求める情報は一向に現れなかった。

 というよりむしろ、境田が知りたくない向き合いたくない残酷な現実だけが突きつけられるばかりだった。

 境田のページをめくる手は次第にゆっくりになっていき、やがて止まった。


 めくれどめくれど、流れてくる情報は境田という大学生とは乖離したモノばかりだった。

 サークル長を務めサークルをいい方向に導いた話だの、ビジネスプランコンテストで優勝した経験だの、留学先でサークルを新しく立ち上げてイベントを成功に導いただの、海外インターンシップの経験を活かしてどうのこうのだの、境田にとっては浮世離れした情報が氾濫していた。

 彼が唯一頑張っていた肉体労働系の派遣バイトのことは、どうがんばっても本で紹介している風に煌びやかに書ける気は微塵もしなかった。


 しかし今までの大学生活で何もしてこなかった自分が悪いのだと、彼は潔く自身の非を認めると、さてじゃあどうしようと再び真剣に考え始めた。

 しかし考えても考えてもいい案なんてさらさら出てこなかった。逆に「もしかして既に詰みなのではないか」、そんな考えが脳裏をチラチラと風に吹かれる蠟燭みたいにかすめるのだった。

 そんな考えが脳裏をよぎるたびに、バチンッという将棋を指す音がどこからともなく聴こえてくるきがした。


 境田は自分のこれまでの大学生活を振り返ってみて、でもそんなに悪いものもないはずだとも思いなおした。

 サークルに入らなかったせいで大学には一人の友人や知り合いもいないといっても過言ではない。

 しかしバイト先ではそれなりに人間関係をはぐくむことが出来たし、大学では自分の興味のある分野をかっちり学んできたつもりだった。


 でも社会はそんなものに価値は見出しはしないのだということを薄々感じてはいたが、今になって突きつけられた気がした。

 誰にでも友達がいることは当たり前であり、日々その友人たちと何かしら切磋琢磨し合いよりよく生きる。

 それが社会における珠玉の価値なのだ。

 まあいくら言ったところで、社会にも出てないペーペーの言い訳として一蹴されるだけだろう。

 境田はそう諦めをつけると、部屋の電気を消しもせずに眠りについた。

 境田の中で、ガリガリと音を立てながら猛烈な勢いで削れていくようだった。



 しかしその二か月後のもう五月も目前という頃、境田はなんとか第三次の最終面接まで歩を進めていた。

 そんな彼の顔は希望に満ち---てはいなかった。

 顔面蒼白。生気を失ったかのように目にも喋る口にもまるで力がこもっていなかった。


 さすがにそんな様子の境田のことを見かねた面接官の一人が彼の容態を気遣ったのか、面接は後日でも大丈夫だとの提案をした。

 しかし境田が発するのはバリッ、バリッという謎の異音だけ。

 不審に思った面接官が彼のもとに駆け寄り、「大丈夫ですかしっかりしてください」と肩をゆする。

 次の瞬間には、境田はグシャグシャバリバリと音を立てながらフワリと地に伏した。


 後に残されたのは、ぺしゃんこになった紙風船みたいな見た目をした境田のがわだけ。


 



 

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