冥王と侍

佐藤 亘

プロローグ

何故なにゆえみずから死を選ぶ?」


りつ】の言葉に、女は血色のいいつややかな唇を緩ませ、柔らかく微笑んだ。

 長い白銀の髪はひざまずくことで床に流れ、唇と似た色合いの薄桃色うすももいろの瞳は淡く優しい光を宿している。そうして今にも親しげに話しかけてくれそうなゆるりとした空気をまとっているのに、低い声色で問われた質問には一向に答える気配がない。

 その様を見るや、【死の律】は「またか」とやるせない気持ちになった。

 望まれたままに不死の生を与え、長きに渡りつかえてくれた部下達がどうしてかある時を境に死を望む。何が不満だ、何か困っている事があるのかと食い下がって聞けども、皆がんとして口を割らず、ただ願うのだ。


「この生に、終わりを頂けませんか」――と。


 だったら、と【死の律】は思う。だったらはじめから不死を望む必要はなかったではないか、と。有限の生を全うし、輪廻転生りんねてんせいを重ね魂を高めるその尊き流れに乗れば良かったではないか。もしその命数めいすうで成せぬものがあるならば、先んじて言ってくれればそれに則した命数に変えた。その上で律の管理者の部下として働いてくれるなら、それはそれで良かったのだ、と。

 だが、彼らは確かにあの時望んだのだ。永久とこしえに【死の律】の部下であることを。永久にその役目を果たしてくれることを。その誓いをくつがえす程に死を望むならそれこそ理由を聞かせて欲しいと願うのに、皆、答えないままただ生の終わりを望む。

【死の律】は名の通り万物の死を司る管理者だ。不死の部下達に死を与えられるのは、そういう風に彼らを変えた【死の律】しかいない。

【死の律】は部下である彼女との会談のために形どっていた同種族の姿――同次元軸における――で薄い唇を噛み締め、跪く彼女の頭に手をかざした。

「長きに渡り、私に仕えてくれて心から感謝する。命の限り、実によく生きた。次の命も、お前の良き生に繋がるよう」


「どうか、よい旅を」


 肉体がほどかれ、紫紺に光り耀く魂だけとなった部下が彼の頭上をくるりと旋回し、やがて魂の海リオランテへと旅立って行った。

 形どった人間種らしくその心持ちが顔に出たのか、苦しげな表情で見送る彼に、虚空から声ならぬ声が届く。


 ――もうやめなよ、【死の】。死の理由を問うなんテ。


 眉根を寄せる彼に、再びそれが話しかける。


 ――どれだけかえしたと思っているノ。みんな、答えてくれなかったじゃないカ。


「うるさいぞ、【時の】」

 会談用にわざわざ彼女の世界の物を模して創造していた玉座に座り込み、【死の律】は深く溜息を吐く。


 ――難儀な奴だネ。そう在らねばならないのが、また……


 強制的にかの者との会話を切った【死の律】は、未だ肉体を保ったままで目を閉じ、数多に広がる次元の隅々にまで意識を向けた。

 不死の部下だけではない。有限の生を持つ者達もまた、自ら死を選ぶ者が多い。魂も、それに連なるえにしも見えている【死の律】にとっては不思議でならなかった。

 こんなにも生を望み、望まれ、ハイリオーレは耀いているのに、何故自ら死を選ぶ。わざわざ己の命数を変えずともいつか必ずその時は来るのに、どうして自ら早めるのか。

 彼女のような人間種だけではない。数多の種族の部下達が、その道を選んで死んでいった。

【死の律】は、もうこれ以上、理由も知らずに還すことはしたくなかった。

 己に直接言えぬというなら、何が問題なのか他の部下達に伝えて欲しかった。もしそれすらも出来ぬというなら、せめておもんぱかることが出来るよう彼らの心を知りたかった。


 自ら死を選ぶ者達の、その心を――。

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