二章十四話 「かっこいい」
人数差は簡単には覆らない。策や状況で上回らなければ、たとえやる気だけは一人前だとしても撃沈する。策と策が拮抗していれば、自然と数の多い方に軍配が上がる。
未だ敵を寄せ付けていないシュガードは、その実力を遺憾なく発揮する。実力の高そうな者を積極的に狙ってはいるが、それでも形勢逆転にはならない。相手にも同じ役割がいる。
さらに絶望的なのは、敵の頭である人物が一切拳を振るっていない点だ。冒険者が何人向かって来ようとも周りの仲間が守ってしまい、当の本人はこちらに注視しているようで、狙い撃つも避けられる。特に何かするわけでもなく、ただ暇な時間を潰しているかのように立っていた。
「・・・・そろそろか。」
久しく行動をしていなかった男が、ある一方向に向けて歩き出す。その時やっと、邪魔な者をどかすために手で払った。なすすべもなく吹き飛ばされている。
「待ちなさい!!よりによってあなたを逃がすはずないでしょう!?」
遠距離からちまちまと撃っていては意味がない。そう悟って、単身敵の前まで移動する。巨体からは想像できない速さでたどり着いたため、周りの敵味方は引き気味だ。
「ボスの道の邪魔をするな!!怪物!!」
紫の少女の持つ杖、そこに無数についている目玉が、一斉にシュガードへと向く。瞬きせずじっと見つめ、動き出すのを今か今かと待っている。
「"リットオッド"。持ち場に戻れ。」
「ですが・・・!」
戦おうとする仲間の好意をあっさり否定するアテンドス。怒りの感情ではなく、こちらと戦っても勝てないことがわかっての言葉。彼なりの好意であった。
「安心しろ。私が相手をするわけではない。"時間切れ"が来てしまうからな。」
渋々と背を向けて戦場に目を向けたリットオッド。そんなことより、気になる言葉が聞こえたことで、シュガードの顔が曇る。
「頭であるあなた以外に、私を相手できるやつがいるのかしら?だとしたら舐められたものね。雑魚を多人数集めたところで、傷一つつく気がしないけれど。」
紛れもない事実。少し戦闘をかじった程度の若造に、かすり傷でもできてしまえば、仲間内の笑いものになってしまう。
「・・・・衰えたな。戦場を俯瞰することが貴様の役目だろう。・・・・・計画を実行に移したこの集団において、現在の"最強"は"私ではない"。」
「!?」
ドゴオオオオォォ!!!
気づかないほど上空。薄汚れた赤色が徐々に迫ってきて、地面を陥没させるほどの盛大な着地を見せる。羽など無い。単純なフィジカルで天高く飛び、狙って押しつぶそうとしたのだ。
「任せたぞ。"デスト"。」
「オオオオオオ"オオオ"ォォォォ"オオオォォ!!!!」
ゴオォォン!!!
人語を解さず、体躯はシュガードと同じくらいか、やや大きい。そんなオーガの捨て身の突進。力には自信があったが、見事に破壊してきた。ステゴロで勝てる相手ではないことを悟り、銃を構えて肩を撃つ。
ダアアアアァァン!!
「オ"・・・!?ォぉォオオオオ!!!」
血が飛んで怯みはするも、損傷は浅いようでまたしても両手に力を込めて突進してきた。より強く。
「ぐっ・・・!ぬうぅ・・・。」
負けているとはいえ、競り合いができるほどには拮抗状態に近かった。周りの冒険者であれば秒で押しつぶせるであろう押し合いに、痺れを切らしたオーガが殴りも入れてきた。
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デストには圧倒的なフィジカルがある。だが、戦闘センスはないようで、力任せな暴力を軽くいなされていた。突進ばかりしていた時の方が押していたようで、もどかしく感じる。
「あんな、、言葉も話せない猛獣だけに任せていられない・・・!」
リットオッドは杖をシュガードに向け、足の一本でも奪ってやろうと心に決める。ボスにも言われた通り、勝てないことは承知の上。それなら、目の前の実力拮抗状態を崩す役割に準ずる。
力を、魔力を込める。無数の目玉に血が走り、杖がカタカタと震えだす。最大出力だ。そうでなければ、あの怪物に怪我は与えられない。
「私の実力を・・・・!」
「あなたのような"子"が何をしても、意味はないわよ。」
「!?」
感づかれていた?行動は慎んでいたのに何故?
ちょうど、デストの顔面に銃弾を浴びせたシュガードは、こちらを向く。銃弾を受けたことにより、デストは大きく後退していた。・・・経験の差だ。
「・・・ぁ・・・わ、、私を子ども扱いしてるの!?それとも女だから・・・!?私が女だからお前も・・・!!」
「・・・・・ごめんね。」
「・・・?」
気まずそうにこちらを見つめる。殺しあう敵に謝罪など、どういう了見だ。気持ちが高ぶったため口走ってしまった内容に引っ掛かったのか。
「昔からの、私の悪い癖でね。女性の話をすると、すぐ"あの子"なんて言ってしまう・・・。勝手に、、守るべき対象にしてしまう。。」
彼はただ静かに立ち、それなのに威圧感が徐々に増している。もう体が動かない。
「ギルド長である私が。一人の戦士として、あなたを見なければならないというのに・・・!!」
銃口が目の前に向けられた。自分の顔であれば入ってしまうような、身近で見るととてつもなく巨大な銃を突き付けられて。
ドオオオオオオオォォォォン!!!
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(西門近辺)
「幻影葬(イリュージア)!!!」
猫背の犬獣人が、そう叫んで突っ込んできた。一見なんの変哲もない、爪による攻撃だが、これに当たってもなんの痛みもない。姿がフッと消え、影も形もなくなってしまう。・・・いや。影だけがある。地面に、それも五人を超える人の影が映っている。
「ぎ、ひひひひひっ!!かっこつけた割には、俺に傷一つつけれていねぇんじゃねぇかぁ!?」
五つの方向から声がする。その声がする方は、影のある方だ。耳を澄ますと風切り音が聞こえてくる。先ほどのような爪による攻撃だろう。だが、
ガギイイイイィィィ!!
これには当たってはいけない。咄嗟に木製の刃物で対抗するも、力の差が出ている。
「ぐっ・・・・ううぅ・・!!」
サリートは力任せに吹き飛ばされた。まだ終わっていない。
「樹印(ヴームマーク)!!瑠詠嶽槍(るえいがくそう)・・・!!」
手元に顕現させた槍を握り、薙ぐ。地を飛んだのを感じ取り、一番近い影から対処を試みる。そこにいるであろう気配を察知し、一点集中。槍で突き刺す。感触はない。
「ぎひひひひ!ざ~んねんっ。その影にはいないのでした・・・!!」
ザン!!
「あ・・ぐっ・・・!!」
反射で敵の方へ向くも、正面に血が流れるほどの深手を負い、背中を守っただけに終わる。姿を現したイージアを、槍で突き刺そうと全力を尽くすが。
「効かねぇって言ってんだろうがぁ!!」
ガイン!!
一番の問題点、やつの皮膚には刃が通らない。サリートの持つどの武器で刺そうとしてもこの調子だ。
「四牙獣(チティビースタ)!!」
無から四人のイージアが現れ、縦横無尽に駆け巡る。対処しようとするも、動く前に切り裂かれ、立つ前に殴られる。手数の応酬で何もできやしない。
「どうだぁ!!?今すぐ降参して俺の仲間になると誓えば、命は助けてやるぞぉ!!お前みたいな気の強いやつが大好きなんだよ!!」
体だけでなく精神も削られている。謎の黒い渦が巻き起こってから、気が晴れない。
「もしかして疑ってんのかぁ!?ぎひひひ・・・!!信用ねぇかもしんねぇが、誓って今回だけはガチだぜ!?答えてみろおぉ!!!」
メクやハークンの姿もない。血や疲労でうまく見えないだけか。
ーーーーいつからだったか。俺があいつを信用したのは。
「・・・・願い下げだ。」
「ちっ。本当に可愛くねぇな。もっと"らしく"してみろよぉ!!"女"のくせによぉ!!!」
「・・・・・ーーーーー
ーーーーいつからだったか。俺が俺であろうとしたのは
物心ついたころから殺し屋として生かされてきた。訓練に反感を持ってはいなかったし、やれと言われれば躊躇なく行動できた。
特段活躍した覚えもないが、特段失敗した覚えもない。いわゆる"人並み"だった。
そして人並みに競争心もあった。姿かたちや喋り方を、強い先輩仲間の真似をした。同年代に負けないよう、普通よりちょびっとだけ鍛錬を増やしたりした。
同期が殉職すれば悲しい気持ちもあり、アイツの分も頑張ろうと思えた。
あのころの同期を追い抜いても、なぜだか気持ちが浮かばれなかった。
確実に強くなっているはずなのに、なにも感じなかった。
追い抜きたいのであればなぜ、鍛錬一筋にならなかったのか。なぜ強い先輩の真似事をしていたのだろうか。・・・・なぜ、勝っても嬉しくないのか。
誰でも、何でもよかったのかもしれない。例えお世辞でも、素直に喜んでいたのかもしれない。だけど、あの時のあいつの言葉が、いつまでも俺に自信をくれる。
ーーーーー・・・お前。かっこいいな。」
そうだ。俺はーーーーーー
ーーー俺は、あいつを越したいんじゃない
一直線に向かってくるイージアに、槍を突き刺す。
「ぐぉ・・・!?この俺が・・・血?」
損傷とも言いにくいかすり傷が、槍で刺す度増えていく。
「舐めるなよ・・・!!メス餓鬼があぁ!!!」
感情任せの爪を避け、片足を天高くあげる。振り下ろすかかとには木製の刃がついており、そのまま脳天へと突き刺す。
「がっ!?・・・この・・・!てめぇなんかの力じゃあ意味なんてねぇって言ってんだろうが・・・!!」
突き刺さらない。それどころか地に叩きつけることもできない。
ーーーー俺は、男になりたい訳でもない。俺は
「俺は、死んだあいつらに無様な姿を見せないように・・・!!」
「お、、、オォ、、、、!?」
「あの日のトウガを裏切らないために・・・・!!!」
「なんで、、てめぇ・・・強・・・!?」
「"かっこいい俺"であり続けるために!!!!!」
目に映る敵を、地に叩き伏せて。
俺は俺であり続ける。
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