一章五話 「景色のいいところでは叫びたくなる」



 ーーーここは本のような世界だ



 少女がいる。




 「魔法はただ外に影響を及ぼすだけではない。身体のけがを一瞬にして治すものや、一時的に筋力を増強するものもある。だが、扱うには適性が必要であり、きっかけも必須となる。」




 もはや近すぎて顔以外見えない。



 「・・・ぃ・・ぁぅ・・・ぁぃ・・・?」



 近くない?ちょっと声が出た。



 「あの人、エトシアさん、だっけ。ちょっと綺麗だからって鼻の下伸ばしたりしてない!?困るよ!そんなんじゃあ!」



 怒っているのは分かる。すごく申し訳ない。




 ・・・・?




 「・・・困るんだから。もう少し我慢して。」







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 森林地帯を抜ける。ここに入ってもう二日経つが、未だその出口にはたどり着かない。



 「そろそろ着いてもいい頃なんじゃないの?もう飽きたんだけど、ここ」



 「わがままを言うな。・・・師の御前だぞ。」



 「ハァ~、またそれ。」



 表情を変えず愚痴もこぼさない堅物男にまたしても呆れる。夜中に水浴びの機会はあるが、それでは到底物足りない。肌の汚れは心の汚れ、どちらも女の敵を大勢呼び寄せる原因。もっと準備しておくんだったと後悔するのは、これで何度目だろう。



 18歳くらいの男女が並んで歩く前方、一際異彩を放つ黒フードの大柄が一人。



 「・・・辛抱だ。計画通り来ている。」



 その一言を発しただけで周りの空気が重々しくなり、耐えきれなくなった鳥が一斉に飛び立つ。墜落したものも何羽かいるようだ。虫や動物は当然逃げ切れない。そのことごとくを無視し、3人は進んで行く。あるところで日の光が彼らを照らし、明瞭になった視界で周りを見渡すと。




 「やっっっっと、見える位置まで来たぁ!」



 黒い髪に反してその頭部には、光の反射でギラリと光る二本の角があった。




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 「もっと感覚を研ぎ澄ませろ!本番で見えませんでしたでは話にならんぞ!」




 エトシアの指導が始まってもうすぐ一週間の時が経とうとしている。遠目からは拳や蹴りの素振りをしているように見えるが、実際はただ当たっていないだけだ。目標を目視した頃にはもう、



 「いっってぇ!!また背中狙いやがってぇ!・・ハァ・・ずる賢いヤな蜂だな!」



 そう、小さな蜂一匹に苦戦している。エトシア先生いわく、太めの針で物理的な攻撃を狙ってくる。毒はない代わりに相手の隙をつくことを得意としている生粋の戦士、"ウォリアービー"。すごく精密に狙ってくる。



 「背中が弱点だと教えてもらってるんだ。蜂先生とでも呼んで差し上げたらどうだ。」



 「冗談じゃねぇ!! 絶対KOとってやる!・・・ハァ、ハァ」




 正直もう限界だ。エトシアには、昨日までに基礎を叩き込んでもらった。さすがに十分の一も身についた感覚はしないが、前よりかは体が軽く感じている。




魔法としては、身体強化魔法の類である"腕力上昇初級"、"敏捷上昇初級、中級"、"身体硬化初級"、攻撃用魔法としては俺がサンダーボールと称した"電玉でんぎょく"、ビームのように一点に放つ"電砲でんほう"、その他火、水、風の魔法でも同じようなことができたが、ひねり出す力がより多く感じた。得意不得意があるということだろう。ちなみに技名なんてのはどうでもいいと言われた。そしてこれらを駆使しても蜂一匹に限界だ。




 体全体に身体強化魔法をかけなければならないが、"全体"が難しい。なにかしらボロが出る。だが、相手は所詮虫一匹だ。完璧とは程遠いようで、



 バシィッ!!



 視界の端にとらえた瞬間すぐさま力任せに腕をふるい命中、ウォリアービーは地面に墜落した。こっちが一発当てるまでに10近く刺されたため、ほぼまぐれの勝利である。ただ、そんなことよりまずは荒い呼吸を整えるため、膝に手をつき休憩に専念した。




 「いいだろう。そこまでできれば戦闘職に就いても細々と食っていける。」



 「細々かい。」



 「ただ、まだ力に振り回されているな。動体視力だったり感覚だったりが全て的外れだ。そこは経験を積んでいけ。・・・まぁ、その魔法の使い手は希少な方だからな。案外生きやすかったりする。」



 言われたとおりだ。実は自分の力にはものすごく振り回されている。"敏捷上昇"は中級にまで到達できたが、初級でさえ反応に後れを取っている始末。中級を使うからには事前に方向や動作を決めておいてから発動しなければ、ただ横を走り去る人になってしまう。




 「十分だろう。後は己で研鑽できる位置まで来た。」



 「・・・そうだな。この一週間、ありがとうございました。」



 「そう改まるな。・・・約束通り出口まで送って行ってやる。早く水浴びでも済ませて来い。」



 すでに約束は取り付けてあった。先週は頭に血が上っていて変な心理戦を仕掛けた気分になっていたが、そもそも普通に送ってってほしいとでも頼めばよかったのだ。結果的に一石二鳥ではあったから間違ってはいなかったが。




 ・・・エトシアとも別れの時間が迫っていた。恋愛感情とかそんなものはない。ただ、この異世界に来て困り果てた中で最初の友人となったからこそ。やはり寂しいものがある。



 「なんだ寂しくなったのか?女々しい顔しているぞ。」



 「顔はもともとだ。」



 朗報だが、俺の今の体は美形と言って差し支えない。






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 そこは崖となっており、運よく木々にも邪魔されず景色が一望できる場所となっていた。そこからは遠くない位置に街があるのがわかる。それの意味するところは。



 「もうすぐ脱出だぁ!」



 「はしゃぐな。・・・ここは」



 「師の御前でしょ?わかってる。・・・でも達成感があるじゃない。こんな時には天にでも叫びたい気分。」



 「夢でも叫ぶのか?くだらない気分だな。」



 「あーあーなんとでも言いなさい。」



 2本の角を生やす黒髪の男女は、互いに合わない感性を確かめ合い、少女は大きく息を吸って準備を整える。少年の方はその姿をただ眺めている。そして大柄の黒フードは一人視線を森の方へ移す。






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 木々をかき分けて歩き数時間。疲労がたまる中、進行方向に声がした。なにやら叫んでいるようだったが、いまいち聞き取れない。だがその声を聴いたエトシアは足を止め。




 「ひとつ忠告しておく。」



 頭にはてなを浮かべる俺の顔を見ずに続ける。



 「巻き込まれて死ぬんじゃないぞ。」



 そう告げるとまた同じ速度で歩み始めた。



 「え、どういうことだよ。さっきの声となんか関係が」




 開けた草原へ出たがその先に道はなさそうで、その代わり3人いる。後方二人は自分と同じくらいの背丈の黒髪男女で、前方にはあまりにも存在感が違う大男がいた。全員にエトシアと同じような角が生えている。



 「・・・あの女には手を出すな。私が請け負う。」



 大男がそう発言したとたん、重力が増したかのように体が重くなる。後方二人も少なからず影響を受けているようだが、エトシアは動じない。




 「師が自ら行く相手?じゃあ私はどうすればいいんかな。」



 少女は手持無沙汰なようで、自分のできることを考えているようだ。まるで俺なんか眼中にないかのように。




 「・・・あー、あの雑魚つぶしておけばいっか。」



 やっと目に入ったようで、こちらに威圧してきた。大男ほどではないにしても死を覚悟するには十分な脅威が感じられて



 「幸運を祈る。」



 「えっ!? 待って!俺じゃあ一人にすら勝てねぇんだけど」



 エトシアはただそう言い残してその姿を消す。大男もついていったようで、すでにそこにはいない。それに気づいた瞬間には戦闘が始まっていた。





 ゴオオオオオオオォォォン!!!! バキッ!! ガアアアアァァン!!!





 轟音が鳴り響き、その余波が強風となって届いてくる。残り二人に向き直ろうとした瞬間。



 バキィ!!



 胸部を蹴とばされ、後ろの木に激突した。蹴り終えて片足を上げている少女の姿がある。



 「はい、終了っと。」



 何とか間に合い、背中に硬化魔法をかけたことにより大ダメージは避けた。だが直接受けた胸部が痛む。




 殺らなきゃ殺られる。油断している今がチャンスだ。俊敏上昇中級と、腕力上昇、硬化上昇の初級を発動し狙いを定める。



 一気に踏み出し、5歩以上ある間合いを一瞬で詰めきり、でこに右拳をかました。



 森の中、戦闘の幕が上がった。





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