第16話 side『ラブ・ジユース』

 罠が獲物を捕らえてから、数刻。ラブは珍しく落ち着きなく動き回っていた。

 期待しては駄目。それは頭では理解しているのに、体と心が獲物の到着を待ち焦がれていた。


 まるで初恋の人と初めての夜を過ごすかのような鼓動の高鳴り。そんな状況において、寝て待っていられる訳がなかった。

 ラブはすぐに湯浴みをして、入念に全身をチェックしていた。


 早ければ今日にでも獲物は転移魔術を使用してこの場所に来るだろう。

 そうすればもう私の物、欲望が抑えられない。

 乾いた日々にまた潤いが満たされると思うと、それだけで若返ったような気さえしてくる。


 その時、床に魔法陣が現れ光り輝く。遂にこの時が来た。

 魔法陣の中央に何かが出現すると、コトンと音を立てて地面に転がっていく。

 それは不気味な顔を模した小さな人形だった。


(……呪物かしら? もしかして誰かからの攻撃!?)


 そう思い身構えたが、それ以降は何も起こらない。

 とりあえず手に取って調べるも、何に使うものかは分からなかった。でも不気味なものは好きなので、とりあえず棚に飾ることにした。


「てっきり次の獲物が来たと思ったのに……」


 落胆した声が虚しく響き渡る。


(待ち遠しいわねぇ……早く二つ目の罠に掛からないかしら)


 ラブが仕掛けた二つ目の罠。それは鉄等級魔術である『魔力増強魔術』を使用することで発動される。

 その効力は使用者の魔力を二倍にまで引き上げるラブオリジナルの魔術だった。


 本来であれば、使用者の能力を二倍に引き上げることは、複雑な魔法陣や希少な素材が必要となる。


 それなのに何故鉄等級が、更には魔法陣も何も使用せずに使えるように出来たか。これには簡単なからくりがあった。

 

 ラブオリジナルの魔力増強魔術はその実、契約によってラブと使用者の魔力回路を一時的に接続するだけに過ぎない。

 つまりは、ラブが魔力を貸出し、使用者の魔力を二倍に引き上げるのだ。


 これにより、使用者の魔力総量を図る事が出来る他、この魔術の契約によって使用者は洗脳状態へ陥る事になる。


 相手が鉄等級程度の魔力量であれば、貸し付けるのは自身の魔力の1%にも満たない。銅等級でも5%がいいとこだった。


「……ッ!!」


 そして今、遂に待ちわびていた魔力増強魔術が発動された。ラブの魔力が自動的に相手へ送られていく。

 しかし、ここでラブに予想外の事が起きた。


「ッ! どういうことッ!?」

 

 全身の力が抜けていく。

 立っていられない程ではない、それでも総魔力量の3割以上が使用者へ送られた事になる。こんな事は今までに一度もなかった。


 ここで初めて、契約によって相手の情報を手に入れたラブは、興奮が抑えられなかった。

 銅等級等とは比べ物にならない質の高さ、その極上の魔力量。


「私の魔力をここまで奪うなんて生意気……凄く生意気ぃ」


 その言葉に反して、ラブの気持ちは高まる一方だった。 

 早くその生意気で可愛らしい顔を見せてと待ち遠しさで狂おしくなる。

 その反抗的な魔力を早く蹂躙させてと懇願してしまう程に。


 未だかつてない程の大当たり。

 こんなもの、死ぬまで大事に扱わなければ勿体ないではないか。

 そう思いつつも、我慢など出来ようもない事は過去の経験から理解していた。


 きっといつものように自身が満たされるまで酷使してしまうだろう。

 それでも今回は問題ない、何故なら相手は黄金等級。今までの様に脆くて壊れやすい鉄等級とは訳が違う。


 鉄等級ではすぐ死ぬ為に試せなかった調合薬や魔術実験の想像が膨らんではにやけが止まらない。

 そして待ち兼ねた転移の魔法陣が遂に目の前に浮かび上がる。


「はぁ……遂に、あぁ良い……来ちゃうッ!!」


 ラブは魔法陣の光を見ただけで、軽くイッてしまった

 しかし、ここで光り輝いていた魔法陣がふっと消えかかり、また光る。

 まるで点滅するかのように魔法陣は何度も発光を繰り返した。


「どうして? 何で来ないのよ、ねぇ!!」

 

 これだけの魔力を持っていて、何故すぐに転移して来ないのか。

 どれだけ焦らせば気が済むのかと、もどかしさと同時に少しずつ苛立ちが募る。


 魔法陣から溢れてくる魔力量は明らかに異常で、床が徐々に軋み始める。

 激しい魔力同士の衝突。座標の書き換え合いによって魔法陣の転移位置が不安定になっているのだと気づいた。


「ふ~ん……どこの馬の骨かも知らないけど、私の獲物を横取りしようって訳? 笑わせんじゃないわよ」


 そんな事など絶対に許さない。目の前で大好きな玩具をチラつかされて、それを横から掻っ攫おうだなんて許せる筈がない。

 当然に助力は惜しまない。


「苦戦してるようねぇ、もっと魔力を貸してあげるわ」


 ラブはショータ獲物に更に魔力を送り込んだ。そして不思議な感覚に襲われる。

 魔力の過剰供給など、破裂しそうな風船に更に空気を送り込むようなものであり、本来なら当然に相手はぶっ壊れてしまう。

 それなのに今回に限っては壊れないどころかいくらでも際限なく魔力を送り込めていた。


「強い男って、どうしてこうもそそられるのかしらねぇ」


 改めて黄金等級の頑丈さに胸が高鳴った。

 研究者でもあるラブの好奇心が徐々に抑えられなくなってくる。

 この少年が一体どれ程の魔力に耐え切れるのか試したくてしょうがなかった。

 壊したくない、でも壊れるまでめちゃくちゃにしたい。


「凄い……どんどん流し込めるわぁ! 壊れろッ! 壊れろッ!!」


 高まる欲求に歯止めが利かなくなったラブは、際限なく魔力を流し続けた。

 そして遂に、魔法陣は荒々しく且つ強制的に遮断されてしまった。

 

 魔力を送り込めなくなった事で、ラブはようやく冷静になった。


「はぁ……やり過ぎちゃったわね」


 どうやら膨大な魔力を送り過ぎた所為で、魔石が耐え切れずに破壊されたようだ。

 お陰で転移魔術の座標もめちゃめちゃになってしまった。


 それにしても魔石を破壊出来る程の魔力のぶつかり合い。相手も間違いなく虹色等級だろう。

 例の虹色に昇格した騎士団長かとも思ったが、あいつなら魔力ではなく物理的に魔石をぶった切る筈だ。


(別の虹色が……現れた?)


 御伽噺とまで言われた虹色の魔力。

 だというのにここ数日間で虹色等級が私を除き二人も出現。更には過去に類を見ない程の災害級のスタンピードの発生。

 偶然ではなく、明らかに何かを中心に全てが動き出している。

 その何かとはつまり。


「新しい勇者が……召喚された」


 そして全身から沸き立つ震え。止まらない快感。


「しかも……少年ね」


 極上の獲物に興奮するあまり忘れてはいたが、気になってはいた。黄金等級を持つ少年を今まで見過ごしていたなどあり得ない。

 どうして今まで誰にも気づかれずに生きながらえていたのか、その謎が今回の騒動で全て結びついた。


(はぁ……ぐちょぐちょだわぁ)


 いつの間にか濡れるどころか滴っていた。

 洗脳は間違いなく聞いている、ここに辿り着くのも時間の問題だろう。


 ラブは獲物が到着するまでの余韻を、一人楽しむのであった。


 

※ ※ ※



「そんな……どこ? 置いて行かないで……」


 ステラは項垂れていた。

 部屋は今、ステラの声以外は無音の状態だった。

 それがまた、ご主人様がいなくなったという事実を際立たせた。


「きっと大丈夫だから……捨てられてない……ご主人様は好きって言ってくれたんだから……」


 ステラは自身に言い聞かせるように呟き続けていた。

 いなくなったのはきっと間違いに違いない。両想いなんだと信じて疑わない。


 それどころか、自分が不甲斐無いばかりにご主人様から目を離してしまったと自身を責め続ける。

 もはや座標もめちゃくちゃで、どこにいるのかも分からない。


 国を出てしまえば外は危険でいっぱいなのに。

 可哀想なご主人様、きっと今頃心細くて泣いているに違いない。

 どうしよう、どうしたらいいか分からない。不安で何も考えられない。


(きっと心細がってるよね……早く痛い位抱きしめて、幸せに犯して、籠絡するまで助けて、泣くまで甘えさせて、死ぬまで捕まえて――)


 もはや思考は支離滅裂になりつつあった。

 しかし、ふとご主人様の笑顔が頭に思い浮かぶ。それにより雑念は消え去り、一つの目的のみがステラを支配する。


「助けなきゃ……」


 そこにはもう、ステラの姿はなかった。


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